人的資本開示の義務化を前に、全部の統合報告書を読もうと決意
──田中さんが第1回の「人的資本マニアック報告会」を開催されたのは2023年1月でした。1年以上経過し、あらためて振り返っていただきたいのですが、そもそもどのようなきっかけで、900社以上の統合報告書に目を通して人的資本開示の状況を分析することになったのですか。
2022年11月7日に、金融庁が「企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正案」を公表したんですよね。その時点ではいつ施行されるのか明確化されてなかったのですが、制度化されれば4,000社ほどある上場企業に、有価証券報告書などにおける人的資本、多様性に関する開示の義務が課されるという内容でした。
すでにコーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場の上場企業に対して人的資本開示の要請がなされていました。これは義務ではないので、対応しているのは一部の真面目な企業で、氷山の一角のほんの一部が出ているような状況でした。義務化されれば、氷山の3分の1くらいが一気にドンと出てくるようなことになる。準備ができている企業とそうでない企業とで相当に差が開くだろうと気づきました。2022年の年末から2023年の年始の時間を費やして、上場企業の統合報告書や有価証券報告書を全部読もうと決意したんです。
──全部お読みになって、日本の企業はどのような状態にあると感じましたか。
企業の「人」に関する情報が、世の中に対してまったく公にされていないんだな、ということが理解できました。
もちろん、本当に先進的な企業は素晴らしい開示をされていました。マンダムや丸井、アサヒグループホールディングスなど、他にもいくつかの企業からは、「なるほど、こうやって開示するんだな」と学ばせてもらいました。そうやって比較してみて初めて、業種は全然違っても、実は同じような戦略をとっていることが理解できて、非常に楽しかったですね。
──良くない例も含めて、開示の代表的なパターンというのはありましたか。
99%は「俺たち最高!」としか言っていない、人的資本開示の主旨からして疑問が残るものが少なからずありました。例えば「離職率が低くて、女性管理職比率は低いものの少し増えつつあって、みんなに挑戦してほしいと思っています」とか、「こんな素晴らしい研修体系があります」というのが大体のパッケージ、テンプレートで、全然ユニークネスがないんです。
そういった工夫がないものがほとんどですが、中には北國フィナンシャルホールディングスのように、見習うべき素晴らしい開示もありました。