「どちらか」はなく「どちらも」を選択するリーダーシップのあり方
──まずは関口先生が提唱される「パラドキシカル・リーダーシップに基づく組織マネジメント」の概要をご紹介ください。
関口倫紀氏(以下、敬称略):経営学においてパラドックスとは、「互いに関連しつつも対立する要素が同時に存在し続ける状態」を指します。
パラドックスは戦略レベルで生じることもあれば、企業体やチーム、個人など、様々なレベルに存在します。そしてこれらは互いに独立しているわけではなく、相互依存の関係にあります。
パラドックスがあるところには「テンション(緊張関係)」が生じます。これまでの経営学は、テンションを避けてどちらかひとつを選ぶ「択一思考」に焦点を置く傾向がありました。それぞれの選択肢の長所や短所、利益やコストを比較して一番良いものを選ぶというような考え方ですね。
ですが、片方を選ぶことによってもう一方のメリットを失うことになりがちです。むしろパラドックスをチャンスと捉え、「両方実現できるとしたら、どんなやり方があるだろう?」と問い、それらを分化したり統合したりを繰り返して物事を発展させていく。これが、パラドキシカル・リーダーシップによる組織マネジメントの全体像です。
──この図の中で特にポイントとなるプロセスはありますか。
中村俊介氏(以下、敬称略):「受容」と「分化」と「統合」で構成される「複雑性統合力」です。まず、物事をどちらか一方だけしか選択できないという考え方を脱し、パラドックスを「受容」する必要があります。両方の選択肢が共存する状態が自然であるという前提から入った上で、それらをしっかり分けて吟味(分化)したり、選択肢同士のつながりや上位概念について考えたり(統合)、その両方を行ったり来たりする力です。
関口:ポイントは「動的平衡」という考え方で、2つの要素の間を常に動きながらバランスをとっていくことです。結果として、クリエイティブなアイデアで両方を満たす「ラバ型」と呼ばれる「両立」にたどり着くこともあります。しかしそのような方法は簡単には見つからないので、「綱渡り型」と呼ばれる、少し右に寄ったら次は左に寄ってバランスをとるというような形で両立していくことが多いでしょう。
──書籍『両立思考』ではパラドックスという状態を、どのように組織で活用するかというマネジメント全般について解説されていますね。その中でも、特にリーダーシップに焦点を当てた講座を開発したのはなぜですか。
中村:マネジメントや意思決定の方法論だけでなく、リーダーシップスタイルも含めたリーダーのあり方全体にアプローチしたかったためです。様々な企業で管理職研修をさせていただいていると、「ぐいぐい引っ張る率先垂範型は時代遅れで、メンバーを主役にする奉仕型の方が今の時代に合っている」と考えるリーダーに出会うことがあります。
そう考える方にお話を聞いていくと、それを意識しすぎるあまり、自信を持って前に出て引っ張るべき場面でも「メンバーへの押しつけになるのではないか?」とためらってしまうということが起こっているようです。
しかし本来、リーダーには率先垂範と奉仕の両方が必要です。どちらが正しいかという択一の問いではなく、両立の問いに向き合うべきです。
パラドックス研究の中に「パラドキシカルリーダー行動」という概念があるのですが、一見矛盾するような行動を両立させることで、メンバーの創造性やパフォーマンスを引き出すことができるとされているものです。
まさに先ほどの率先垂範と奉仕の考え方はこの中のひとつです。リーダーシップや経営のスタイルについては、片方に行き過ぎた時代の風潮を引き戻すために、その反対側のスタイルが強調されることがあります。
しかしこれを「どちらか正しいスタイルで一貫させなければならない」という択一思考で捉えると、実は望ましいリーダーとしてのあり方から離れてしまうことがある。「これまで言われてきたことと、この新しいメッセージは実はパラドックスなのではないか。どう両立したらよいか」と両立思考で捉えることが、現実をよりよくすることがあるのではないでしょうか。そんなこともお伝えしたくて講座を実施しています。