SHOEISHA iD

※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます

おすすめのイベント

おすすめの講座

Biz/Zineプレス

『イノベーションのジレンマ』早わかり講座

翔泳社・日立製作所共催「ビジネスブックアカデミー5月19日」

  • Facebook
  • Twitter
  • Pocket

破壊的イノベーションによる戦略

次にこの教訓を活かして上で、どのような戦略があるかというお話です。

持続的イノベーションは、従来のお客様が重視する価値です。そのニーズに合わせて製品やサービスを徐々に改善していく。帆船の時代で言えば、「もっと早くヨーロッパの航路で行きたい」という声であり、帆船のマストを増やすということです。これに対して「破壊的イノベーション」が登場してくるのです。

 破壊的には大きく言えば2通りあります。ひとつは「ローエンド破壊」と呼ばれるもの。単純に「もっと安く」というニーズに答えるものです。これには当然、安くするための技術やノウハウが必要になります。それまでの顧客に同じ価値をどんどん安い価格で提供するやり方。

もう一つは、「新市場型」と呼ばれるもの。帆船に変わる蒸気船のように、「遅くなるけれど予定通りに着く」というニーズに応えることです。積み荷を下ろす業者にとっては、いつ着くかわからない船を待つために業者は、数日間待たなければならなかった。これに対して蒸気船は、遅いけれども予定通りに着くので業者にとっては効率が良い。予定が立てられるという価値を提供した。

このようにローエンドの破壊と新市場型の破壊というのは、両方絡んでいる場合も多いのですが、通常はどちらかを選択するというのが戦略上重要です。 このどれにもあてはあらないのであれば必ず失敗するといえます。これから新規事業、もしくはベンチャースタートアップとして事業を始める場合は、極端に言えば、ローエンド型破壊か新市場型創出のどちらかでないと成り立たないといって良いと思います。逆に言えば、どちらかの戦略で戦えば大企業も駆逐できる可能性があるということです。

通常の大企業が成功している領域というのは魅力的で市場規模も大きく、利益率も大きい領域。しかし市場が成熟してくると、たとえば大企業向けに売っていた企業が、中小企業に向かうとか、場合によっては個人を相手に商売をしようということになります。下になればなるほど、確実に利益率は下がるし、市場規模は小さくなる。通常の大企業の場合、経営企画や事業企画という戦略部門がありは、絶対進出しないという判断を下します。これが大企業のジレンマで、このことを理解できれば、ベンチャーはその市場をニッチとして破壊を行うことができる。一番下は買ってない人にどう買わせるかというクリエイティブな領域です。

身近に言えば、PCは持続的に改善してきました。これに対して新興国系の安いPCが出てきてローエンド破壊をおこなった。iPadが出たことで、それまでになかったタブレット市場を新しく作ったわけです。これは新たな価値を提案したわけですね。

破壊的イノベーションについてまとめると、以下の3点です。

  • 持続的イノベーション(改善)とは本質的に異なる。
  • 企業は成熟するにつれて、持続的イノベーションは得意になり、破壊的イノベーションは苦手になる。
  • 成熟企業は破壊的イノベーションを興した新興企業に「破壊」される。

私(津田)がハードディスク事業をやっていた時、フラッシュメモリがこんなに容量が大きくなるとは思いませんでした。はっきり言って見くびっていたのです。わたしたちがつい陥ってしまうのは、以下の様な心理です。
業界トップに追いつき追い越せという継続的な改善さえしていれば、勝ち続けられると信じ込んでしまう。

  • 重要顧客のニーズに応え続けていれば、安泰だと安⼼しすぎてしまう。
  • 技術が劣る新興企業の⼒を⾒くびってしまう。
  • 顧客のジョブを解決する別の⼿段に市場を奪われる。

こうした人間の心理的な特性がジレンマという言葉にあらわされています。 クリステンセン教授はこうしたジレンマを、歴史的事実に基づき分析し、製品、事業、企業の栄枯盛衰についての論点を述べたのです。

昔、DEC(ディジタル・イクィップメント)という会社がありました。それまでの大型コンピューターに代わる、安く使いやすいミニコンを作り、年率37%から20%という成長を1980年代は遂げていました。それまでのメインフレームがどんどん乗り代わっていったのです。しかし、後にPCが台頭してきたことによって、1988年を境に利益が急に赤字になり、そこから一気に転落してしまいました。 ここで言いたいのは、「下り坂のほうが早い」ということです。上りは地道な改善を何年にわたって苦労して行なってきても、あっというまに滑り落ちてしまう。

DECは慢心があったのかというと、そんなことはありません。「ジレンマ」にも書かれているように、正しいことを行なっていたのです。 クリステンセン先生というのは、基本的に優しい人ですから(笑)、失敗した企業に対して慢心があったとか、油断したとか批判的なことは決して言わない。彼らは正しい戦略をとっていた、というのです。重要なお客さんの声を聞き、お客さんの要請に応じてきた結果だといいます。決してお客様に離反されたわけではない。ここが、この本を何度も読み直して深く考えさせられるところです。

苦境に陥ったDECは、利益率の高い大企業向けに経営資源を集中させました。つまり「選択と集中」です。1977年、パソコンが登場した時に、DECの創業者のケン・オールソンは「自宅にコンピュータを欲しがるような人などいない」と語っています。これは決して見くびっていたわけではなく、当時を考えれば当然です。

最近では、デジカメが普及したことでコダックは潰れましたが、富士フイルムは大丈夫でした。むしろ大きく飛躍していますね。分かっていて出来る、分かっていても出来ないということの差はなんでしょう?
実は、コダックは実は写真共有SNSのOFOTOを買収するなど、インターネット時代への対応はしていた。ところが写真共有アプリに「印刷」というボタンを置くなど、やはり紙の写真にこだわっていた。皮肉なことに、Instagramはコダックのフイルムの色合いをデジタルで再現して大成功しました。むしろ印刷ではなく、写真の色合いにこだわったほうが生き延びられたのでしょう。

ジレンマが起きてしまう原理原則を、クリステンセンは以下のように述べています。 どれも難しく抽象度の高い話です。何度読み返しても新たな発見があるぐらいです。

原則1:企業は顧客と投資家に資源を依存している。
株価と重要顧客は無視できない。したがって全社戦略や予算配分をとらえていかなければいけないと語っています。

原則2:小規模な市場では大企業での成長ニーズを解決できない
新規事業の着手のタイミングの難しさを語っています。企業の場合、小さく産んで大きく育てることがなかなかできません。良い市場やニッチビジネスを見つけても、「こんなビジネスをうちがやるの?」と言われてしまうケースは非常に多い。大きくないからやりたくないという心理が働いてしまうのです。
日本企業の今の課題を考えた場合、大企業のほとんどが、5年以内に数十億、数百億を作れというミッションを抱えています。今までのメインストリームで長年やってきた経営者に限って、そういうメッセージを出します(笑)。そんな市場なんて、そうざらには無い。往々にして大企業の場合、はじめから数十億、数百億でない意味が無いという思考に陥るのです。一部のリーダーは、小さく産んで大きく育てれば良いと言うのですが、やはり社内の理解は得にくいというのが現実です。

原則3:存在しない市場は分析できない
先程述べたように「将来大きくなる市場はデータがなく、魅力なく映る」ということです。 最初に蒸気機関が出てきた時は、そんな市場は無い。新しい事業を始めるとき、必ず市場規模は?と聞かれますが、市場は無いのです。未来を見ている人と、現在を見ている人は違う。

原則4:組織の能力は無能力の決定的要因になる
「ある分野で強くなると、他の分野で弱くなる」ということです。 サムスンのリバースエンジニアリング・プロセスというものがあります。つまり後追い的に作られた組織で、最適化して参入してシェアを奪うという方法です。 デジタル化が行なわれた時代、日本企業はアナログ製品に最適化した組織で、デジタル市場に向き合わざるを得なかったわけです。つまり固定費、人件費が高かった。これに対してサムスンは後から入ってきたので、組織体制を最大に活かした。

原則5:技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない
「料理人の方が、消費者よりも味に敏感」ということです。 一番感度の高いお客様でもプロにはかないません。作っている人間が一番、味(性能)にうるさいけれど実際のお客様はそこまで求めていないということがあります。私もハードディスクの業界にいた時は、一番使っている立場だったので、どんどんハードディスクを使っていました。きっとお客様もこのぐらいを求めてしまうだろうと思っていました。 でもお客さんはハードディスクを使うのが仕事ではない。ハードディスクを使って何らかの仕事をするのが仕事なのです。

クリステンセンの理論のビジネス界への影響

イノベーションのジレンマはもう出版されて15年立っていますが、全く古びていません。 昨年でも世界でも冠たるイノベーションの理論家として、Thinker50というランキングに入っています。 そのクリステンセンが作ったイノサイトという会社があります。世界中で100人ほどのコンサルタントが、クリステンセンの理論を実践的にブラッシュアップさせています。有名な企業としては、P&Gはイノベーションのマネジメントをイノサイトと共同で行なっています。他には、ジョンソン&ジョンソン、GMなどです。

普通の理論というのは、過去のパターンを分析して次にこうなるというものです。未来に応用できる理論というのは、過去のデータとパターンを読み取るのですが、そのパターンがなぜ現れるのかという、もう一段深いところを検証するということです。 たとえば、アマゾンのジェフ・ベゾスは、出版の世界にイノベーションを起こすためにKindle開発チームつくる際にも、クリステンセンの理論を忠実に守り、既存の事業と別組織にしたといいます。彼自身が、お薦めするビジネス書として上げています。
またビジネス書を読まなかったと言われる、スティーブ・ジョブズ氏が唯一、参考にしたビジネス書とも言われています。
インテルは、クリステンセンがまだ学生だった時の論文に目をつけて、クリステンセンを呼んで相談をしています。当時台頭しつつ合った安い互換CPUについて、意見を聞き、これは破壊的イノベーションなので今から潰しておいたほうが良いという助言を受け入れ、セレロンというチップを別組織で作り対抗したのです。普通の会社ではできないことです。価格破壊を自ら起こすというのは、理にかなわない。どのぐらいの時間軸で考えられるか、この考え方を日本でももっと取り入れるべきだと思います。

クリステンセンの経歴を少し紹介します。1952年生まれ。8人兄弟。特長としては大学卒業後、コンサルティング会社、そしてベンチャーを立ち上げている。学者になる前に経営を実際に経験しているのが特長です。この経験がイノベーションのジレンマに結びついている。学者としては非常に遅咲きで、イノベーションのジレンマを出版したのは、45歳の時です。こうした経験が、氏の理論の納得感につながっているのだと思います。

子どもの未来のために
『イノベーション・オブ・ライフ』

タイトル『イノベーションのジレンマ』『イノベーションのDNA』『イノベーション・オブ・ライフ』『教育☓破壊的イノベーション』(すべて翔泳社刊)

ちょっと毛色が違うのが『イノベーションのDNA』で、人材に関するものです。イノベーションを起こした人、イノベーター、アントレプレナーと呼ばれる人の特性を分析したものでクリステンセンの本の中でも最も定量的な本として評価されているものです。 経営学の世界では、定量的であることが求められるのです。ドラッガーやポーターなどは定性的なので経営学者は読まないと言われるぐらいです。こちらもぜひ読んでください。

個人的なお薦めは、『イノベーション・オブ・ライフ』です。技術とかビジネスだけでなく、これは子育てをされている方、お子さんの教育について考えていらっしゃる方にも、ぜひお読みいただきたい。ハーバードビジネススクールで送り出した学生や仲間が大変優秀だったのにもかかわらず、多くの人達が幸せそうに見えないのは何故か?どこに原因があるのかというのを、自分の理論に照らし合わせて考えたもので、非常に味わい深く、人生の原理、原則について語っている本です。お子さんをお持ちの方に読んでいただければ、接し方が変わるのではないかと思っています。

すぐれた理論は応用しないと無駄です。人生に応用してみる、教育に応用してみる、医療に応用してみる。クリステンセンがなぜこのように理論を、自信をもって応用させることができるのか。優れた理論と普通の理論の違いを何度も語っています。

社会的な課題を抱えている教育、構造的な問題を抱える医療の世界にもイノベーションを起こすにはどうすれば良いかについて語ったものが、「教育☓イノベーション」と『Innovator's Prescription』です。『Innovator's Prescription』は、まだ翻訳されていません。クリステンセン氏にはぜひ、日本に来ていただいて、アカデミアやビジネス界だけではなく、教育界や医療の世界の方々にもお話を聴いてほしいというのが私たちの夢です。

この記事は参考になりましたか?

  • Facebook
  • Twitter
  • Pocket
Biz/Zineプレス連載記事一覧

もっと読む

この記事は参考になりましたか?

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • Pocket

Special Contents

PR

Job Board

PR

おすすめ

新規会員登録無料のご案内

  • ・全ての過去記事が閲覧できます
  • ・会員限定メルマガを受信できます

メールバックナンバー

アクセスランキング

アクセスランキング