なぜ大企業は失敗するのか。エコシステムにおける「エゴの罠」
エコシステムという言葉の魅力に惹かれ、多くの企業がその構築を目指す。BCGヘンダーソン研究所の調査によれば、大手上場企業の決算などの年次報告書における「エコシステム」という単語の使用頻度は、2008年から2017年の間に13倍にも増加した[3]。さらに、同単語に言及した企業は、そうでない企業に比べて高い収益成長率を示す傾向にあるというデータもある。
しかし、ジャコビデス教授は「ただ流行に乗るだけではだめだ」と警鐘を鳴らす。エコシステム戦略構築の第一歩は、「なぜ(WHY)、何を(WHAT)、どのように(HOW)」という本質的な問いを自らに突きつけることだ。なぜエコシステムが必要なのか。地理的範囲の拡大か、ビジネスモデルの更新か、あるいはイノベーションの促進か。目的を明確にしなければ、限られたリソースを適切に配分することはできない。
次に問うべきは、エコシステムにおける自社の「役割」である。多くの企業がグーグルやアップルのような「オーケストレーター(Orchestrator:主導者)」を目指すが、それは大きな間違いを生む可能性がある。オーケストレーターはエコシステム全体の設計を担い、参加者間の調整を行う中心的な存在だが、その役割は極めて困難だ。
「オーケストレーターになることは響きが良いかもしれませんが、課題を伴います。私たちが調査した、エコシステムを主導しようとした85社のうち、成功したリーダーであり続けられたのは12社にも満たない。高いレベルの能力と多大な資本投資の両方が必要とされるのです」(ジャコビデス教授)
GEが壮大な構想を掲げた産業用IoTプラットフォーム「Predix」や、マイクロソフトのモバイルエコシステム、ボーダフォンの「Vodafone 360」の失敗事例は、その難しさを物語っている。教授は、巨大な既存企業ほど陥りやすい罠を指摘する。それは、自社の技術やブランド力への過信から生まれる「エゴシステム(Egosystem)」の発想だ。
この「エゴシステム」には、いくつかの共通した病理が見られる。
- 顧客ニーズの軽視:顧客が必要としているものではなく、技術的に可能なことに焦点が置かれる
- 内向きな発想:自社が持つ資産から出発し、自己中心的な物語を構築してしまう
- 過剰な自前主義:市場から調達できるものを、非効率にもかかわらず社内で構築しようとする
- 楽観主義と測定不足:コストやリスクを無視し、生み出す価値を正しく測定しない
むしろ多くの企業にとっては、有力なエコシステムの「パートナー(Partner)」や、特定の機能を提供する「補完事業者(Complementor)」として価値を提供することに徹する方が、はるかに賢明な戦略となりうる。自社の立ち位置を客観的に見極める必要があるのだ。「自社のブランドや技術は、パートナーを引き付けるだけの魅力があるか?」「顧客ニーズを深く理解し、エコシステム全体を管理する能力とリソースがあるか?」これらの問いにすべて「イエス」と答えられないのであれば、無理に主導権を握るべきではない。
[3]BCGヘンダーソン研究所(BCG Henderson Institute)『Do You Need a Business Ecosystem?(ビジネスエコシステムは必要か?)』/『The Myths and Realities of Business Ecosystems(ビジネスエコシステムの神話と現実)』(2019年)
