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量子産業の未来

三菱ケミカルが描く量子コンピュータ実用化までの道筋──材料計算からビジネスまでを“つなぐ”戦略

第4回 ゲスト:三菱ケミカル 高玘氏

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 量子技術に取り組んでいる各企業のキーパーソンへの取材を通じ「量子産業の未来」を探る本連載。今回は、三菱ケミカルで量子コンピュータ技術の研究開発に携わる高玘氏にお話を伺いました。2018年に量子コンピュータの技術開発に着手して以降、化学業界で先駆的に研究を進める同社の取り組みについて、そして高氏が思い描く今後の量子技術、量子産業の展開について深掘りしています。聞き手はデロイト トーマツ グループで量子技術統括をしている寺部雅能氏です。

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“化けそうな技術”──高氏が量子技術に注力するまで

寺部雅能氏(以下、寺部):高さんのこれまでの経歴、量子コンピュータ技術の研究開発に携わるようになった経緯を教えていただけますか。

高玘氏(以下、高):私は中国の上海出身で、2000年に来日しました。東京工業大学(当時)で学位を取得後、2007年に三菱ケミカルに入社し、現在に至っています。

 専門は計算科学で、スーパーコンピュータを使ってリチウム電池、ポリマー、有機ELのシミュレーションなどの研究をしてきました。大学時代は生体分子のシミュレーションをしていたのですが、会社に入ってからはバイオテクノロジーとは関係のない分野、材料の計算を主にしています。

 2016年頃からマテリアルズ・インフォマティクス、AIを活用した材料設計の研究に2年ほど取り組みました。そして2018年、慶應義塾大学の量子コンピュータに関する研究拠点・IBM Qネットワークハブに三菱ケミカルが発足メンバーとして加わったのをきっかけに、同施設の研究員として量子コンピュータの研究を始めました。

 当時の社長が、「量子技術は材料設計にパラダイムシフトをもたらすテクノロジーかもしれない」と考え、会社としてこの分野に本格的に取り組むことになったんです。化学業界で量子コンピュータ技術の研究開発に先行して取り組み始めたのは、我々とJSRさんの2社だけでした。

 先にお話したように、材料設計のシミュレーションの仕事をしていたのと、新しいテクノロジーに関する国際連携も担当していたことから、会社から唯一の研究員として私がIBM Qネットワークハブへ派遣されることになりました。

 私自身は、当時のCTOと米国へ新技術の視察に訪れるなかで、MITの先生から量子技術について話を聞いていたんです。ただ、技術はおもしろいと感じたものの、具体的に何か動くことはありませんでした。

 しかし、2018年にIBMが量子化学計算に成功したという論文をネイチャーで発表したのを受け、「より大きな計算が実現すれば世界が変わる」と実感して、量子コンピュータの技術開発に取り組むことが決まりました。世界の化学メーカートップのBASFも、同じ時期に量子関連の研究を始めていましたね。

三菱ケミカル株式会社 Materials Design Laboratory 上席主幹研究員 高玘氏
三菱ケミカル株式会社 Materials Design Laboratory 上席主幹研究員 高玘氏

寺部:本格的に研究を始める時点で、実用化に向けてロードマップは描いていたのでしょうか。

:いつまでに技術開発が実現できるか、見込みもなく、考えていませんでした。ただ、“化けそうな技術”だという認識はあったので、いつかくる未来のために今から取り組むべきではないかと感じていました。

 マテリアルズ・インフォマティクスは、米国で2011年頃から実用化され、2016年以降に日本で急速に広まっていきました。この体験から、量子コンピュータも思っているより早く実用化が進むのではないかと考えています。従来の実験メインのR&Dでは新たな素材・材料を開発してからビジネスになるまで、化学の世界では20年ほどの時間がかかりますが、量子コンピュータの実用化によって、それが当てはまらなくなるかもしれない。量子技術を活用できる企業がより短期間で高性能な新素材や医薬品を開発できる一方、従来の技術に依存する企業は研究開発のスピードで遅れをとる可能性があるため、その危機感をもって、研究開発に取り組み始めました。

 そのとき、IBM Qネットワークハブの立ち上げにあたって旗振り役となっていた慶應義塾大学の伊藤公平塾長から、「まずは3、4年やってみないか」というご意見がありました。新しいテクノロジーは、まずは触ってみることで得る感覚が一番信頼できるという考えの下で、先のことは分からないけれどまずは実際に資金を投じて研究し、その結果を受けて先のことは考えようということです。

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この記事の著者

加藤 智朗(カトウ トモロウ)

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