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日清食品HD経営管理部 部長と一橋大学・青木教授が語る、戦略の実行不全を回避する「自走する組織」とは

Connect to Transform Conference 2025 セッションレポート Vol.1

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 多くの企業の「練り上げたはずの経営戦略」が、現場で実行されずに形骸化してしまう。この「戦略と実行の分断」という根深い課題に、アカデミアの視点と実践の現場から光を当てるセッションがDIGGLE主催のイベント「Connect to Transform Conference 2025」で実施された。登壇したのは、会計学の専門家である一橋大学大学院の青木康晴教授と、パナソニックでの海外事業やPMI(合併後の統合プロセス)を経て、現在、日清食品ホールディングスで経営管理の舵取りを担う香川良太氏。DIGGLE社の橋本和徳氏をモデレーターに、「戦略を成果に 実行を加速させる仕組み化と、現場が動き出すマネジメント」をテーマに、理論と実践知が交差する白熱した議論が展開された。本稿ではその模様を詳報する。

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なぜ戦略は現場に届かないのか。分断を生む「3つの壁」

 どんなに優れた戦略も、実行されなければ成果には結びつかない。これは経営における自明の理である。しかし、現実には多くの組織でこの「実行」のフェーズで大きなギャップが生じ、経営層の意図と現場の行動が乖離してしまう。セッションの冒頭、「『戦略と実行のギャップ』が生まれる要因」をテーマに、一橋大学大学院の青木康晴教授は、その要因を3つに整理した。

「戦略と実行のギャップ」が生まれる3つの要因
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 第一に「方向づけの欠如(lack of direction)」。これは「組織が自分に何を求めているのかが不明確である」という単純な理由によって、社員が十分にパフォーマンスを発揮できない状態のこと。戦略が現場の日常業務レベルまで具体的に翻訳されておらず、結果として社員は日々の業務に追われ、戦略上望ましい行動が取れなくなってしまう状態を指す。

 第二の壁は「モチベーションの問題(motivational problems)」。期待されている行動は理解していても、それに取り組む「やる気」が湧かない状態だ。この主な原因は「個人の目的と組織の目的が自然には一致しない」ことにある。個人のキャリアプランや価値観と、会社が提示する目標との間に繋がりを見出せない限り、社員の動機付けは困難になる。

 そして第三が「個人の(能力的)限界(personal limitations)」。意欲も方向性の理解もあるが、実行に移すためのリソースが不足している状態だ。「仕事をこなすのに必要とされる適性・訓練・経験・体力・知識が足りない」といったケースがこれにあたる。「どんなに能力がある人でも、1日は24時間」と青木教授が言うように、個人の能力や時間の制約を無視した戦略は、まさに絵に描いた餅で終わってしまう。

青木康晴
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授 青木康晴氏
2004年一橋大学商学部卒業、2009年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。名古屋商科大学専任講師、成城大学准教授、一橋大学准教授等を経て、2024年より現職。著書に『組織行動の会計学』(日本経済新聞出版、2024年)、『現場が動き出す会計』(日本経済新聞出版、2016年、共著)、近年の主な論文に "Determinants of the intensity of bank-firm relationships: Evidence from Japan," The Review of Corporate Finance Studies, 2025がある。

 この理論的フレームワークに対し、長年、海外の事業現場で実践を重ねてきた日清食品ホールディングスの香川良太氏は、特に第一の「方向づけの欠如」が最も根深い課題だと実感を込めて語る。

「戦略を本社から現場に落とし込むときに、戦略そのもの、つまり文字に書いてあることだけでなく、その背景や文脈、ストーリーも全部含めて伝えないと、現場の人にはきちんと伝わらないんです」(日清食品HD・香川氏)

 香川氏の言葉は統合報告書「VALUE REPORT2025」にある中長期成長戦略によっても裏付けられる。そこには、即席めんを中心とする「既存事業のキャッシュ創出力強化」によって得た原資を、フードサイエンスを核とする「新規事業の推進」に投資し、未来の食を創造するという壮大なビジョンが描かれている。

 単にこれら戦略の概要と目標数値のみを伝えるのではなく、経営トップがどのような危機意識を持ち、どんな課題に取り組もうとしているのか。また、それぞれの事業に期待されていることは何かまで丁寧に共有して初めて、戦略は現場の「自分ごと」となるのだ。

日清食品HDのビジョンと成長戦略
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 「そこまでやるのは結構、骨の折れる作業です」と香川氏は続ける。要は面倒なことを嫌がっていると、戦略は絶対に浸透していかないということだ。事実、同氏の業務の約8割は、こうした現場との対話に費やされているという。経営管理部門の役割は、単に数字を管理し、上層部に報告することだけではない。経営と現場の間に立ち、戦略という抽象的な概念を、現場が共感し、行動に移せる具体的な物語へと「翻訳」する、極めて重要なコミュニケーションハブとしての機能が求められているのである。

香川良太
日清食品ホールディングス株式会社 経営管理部 部長 香川良太氏
パナソニック株式会社にて映像・通信系システム機器の営業・マーケティングなど一貫してB2B事業に従事し、2002年からパナマ共和国に5年間駐在し中南米地域での官公庁・企業向け営業を経験。帰任後は三洋電機買収に伴うプロジェクター事業の統合プロジェクトにてグローバルでの販売組織の整理統合、商品ポートフォリオの見直しなどを実行した。2013年に日清食品に転職。コロンビア・ブラジル等に計6年間駐在し中南米地域での即席めん事業の新規開拓に取り組んだ。2019年に本社に帰任。経営管理部部長(現職)として日清食品グループ全体の事業計画作成やKPI設定を含む業績管理、国内・海外の各地域での事業戦略策定や実行支援を担当している。

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「管理可能性」なきKPIは毒になる。現場のやる気を引き出す仕組みとは

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この記事の著者

栗原 茂(Biz/Zine編集部)(クリハラ シゲル)

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