ロンドン・ビジネススクール教授が喝破する「エコシステム戦略」の本質
IM Labが提示したエコシステム構築の方法論や日本企業への期待を、よりグローバルな視点と戦略論で裏付けたのが、続く特別講演に登壇したロンドン・ビジネススクールのマイケル・ジャコビデス教授(以下、ジャコビデス教授)だ。
もはや個々の企業が単独の製品やサービスで競争する時代は終わった。ジャコビデス教授いわく、現代の競争の本質は、ハードウェア、ソフトウェア、開発者、アプリケーション、そして多様なパートナーを巻き込んだ「エコシステム」対「エコシステム」の戦いである。
以下は、かつて携帯電話市場の巨人であったノキアのCEO、スティーブン・エロップ氏が自社の危機的状況を全社員に伝えたメールの一節(通称「燃える甲板 (Burning Platform)」と呼ばれる社内メール)だが、その指摘は今、あらゆる産業に当てはまる。
「競争相手(Apple)は、もはやデバイスで我々の市場シェアを奪っているのではありません。彼らはエコシステム全体でシェアを奪っているのです。これが競争の進む道であり、全員がエコシステムを構築・触媒とし、または参加する方法を決定しなければならないことを意味します」(スティーブン・エロップ氏)
エコシステムの起源から考える経営上の付加価値
ジャコビデス教授は、エコシステムの概念は古くから存在したと説く。その原型は、かつて世界の時計生産の半分以上を占めたスイスの時計産業のような、地理的に限定された「産業クラスター」に見られる。
「なぜ、山が多く技術的に先進的でもなかった小国が、これほどの優位性を持てたのでしょうか」と教授は問いかける。その答えは、幸運や優れた政策に加え、「一つのものの価値が、他のものの価値を高めるという好循環」が生まれたことにある。時計職人のスキルは、精密な部品を供給するメーカー、組立工、ストラップ職人といった多様な「補完者(Complementors)」の存在によってその価値が飛躍的に高まる。異なる企業に属する専門家が同じ場所に集うことで、エコシステム全体が磁石のような求心力を持ち、さらなる価値を創造したのである。
この「Aの価値はBの存在によって高まる」という原理は、デジタル時代において物理的な制約を超えて適用されるようになった。その変化を牽引したのが、緩やかに連携するコンポーネントを組み合わせる「モジュール性(Modularity)」と、それらを協調させる「調整(Coordination)」の必要性である。この2つの要素が高まる領域で、ビジネスエコシステムは繁栄する。
スマートフォンの価値が、無数のサードパーティ製アプリの存在によって飛躍的に高まるのがその典型例だ。顧客は、個別の製品ではなく、それらが連携して提供する包括的なソリューションに価値を見出す。この経済的推進力が、現代のビジネスにおけるエコシステム構築の原動力となっている。その結果、取引を仲介する「トランザクション・プラットフォーム」(例: Airbnb, Rakuten)と、第三者の技術革新を促す「イノベーション・プラットフォーム」(例: Apple iOS, Google Android)という、大きく分けて2種類の形態が出現した。
かつての携帯電話市場で起きた、ブラックベリーの凋落とアップルの躍進は、まさに「製品 vs エコシステム」の戦いの象徴と言えるだろう。優れた単体の製品(ブラックベリー)も、広範なアプリやサービス、クラウドといった補完財を巻き込んだ強力なエコシステム(アップル)の前には、その輝きを失ってしまったのである。
