「タテ(歴史)・ヨコ(空間)思考法」で、事実を素直に把握する
人は今あるポジションの中で、現状をよくしたいと思う生き物です。そのためには、まずは現状を正しく認識することなんです。
出口氏の講演はそんな語りかけから始まった。
現状を正しく認識しなれば、問題の本質すらわかりません。本質がわからないものを変えることはできないのです。しかし、人の脳は自分の見たいものしか見えず、時には見たいように現実を変換し、時に記憶すら変換してしまう。だからこそ事実を素直に把握するために、論理的な思考法を意識的に用いることが欠かせません。
現状をありのままに認識するための思考法とは何か。2つの座標軸を意図的に設けて考える「タテ・ヨコ思考」で考えることだという。
たとえば、「夫婦別姓」を『歴史軸』と『空間軸」の2つの軸で考えてみましょう。法律で夫婦同姓が定められているのは、歴史軸で見れば明治以降のわずか140年ほど、空間軸で見れば34先進国の中でも日本だけであることがわかります。つまり、是非はともかくとして、『夫婦同姓は日本古来の家族の形だ』『夫婦別姓では国が崩壊する』という意見は、現状を正しく認識しないままの「思い込み」であることがわかるでしょう。
そして、もう1つ、事実を素直に把握するための思考法として「数字・ファクト(事実)・ロジック」で考えることを提唱する。数字や事実、ロジックを客観的に捉えることで、現在の社会の問題、自身が所属する組織の問題が浮かび上がってくる。出口氏は、現在の日本は10〜15年前より格段に貧しくなっているという。
シンプルに数字とそのロジックから全体像が掴めます。日本のGDP(国内総生産)は世界第3位、国際競争力(IMD)ランキングでは21位。つまり、3位のストックを21位のフローで回している状況で、とても厳しい状況なのです。ストックと同程度にフローを上げなければ、今の豊かさはキープできません。ただでさえ高齢化が進んでいる日本では、今以上に稼がなければ現在の豊かさを維持できないのです。『経済発展などせずに、現状のままでいいではないか』という人はこの数字とロジックを理解せずに、イメージからものを語っているに過ぎません。
では、どうしたら競争力を上げられるのか。出口氏は「伸びしろのある分野への人材の流動」を1つの策としてあげる。米国の経済成長はベンチャー企業によるものであり、その担い手が意欲ある若年層であるが、日本では優秀な若手は成長が鈍化している大企業や公務員を希望する人が多い。そうした人材を流動化し、ベンチャーを活性化することが必要だという。
人材の流動化が求められる中で、中高年層には『企業を3年で辞めるのはこらえ性がない』などと感情やイメージで語る人は少なくありません。残念ながらそうした人々が組織の決済権を握っているのが現実です。政治も含め、彼らの事実誤認と思い込みによって、対策に遅れが生じているのは間違いないでしょう。
影響力の大きい組織のリーダーにこそ、感情やイメージではなく、冷静な論理思考が求められる。そして、彼らのもとマクロ的課題の解決を考えると同時に、個々人として現実を正しく理解し、論理的な解決策を見出すことも重要と訴えた。
ダイバーシティに学び、自ら考えることで現状を変えること
人材の流動化とともに、成長に不可欠なこととして出口氏は「現状を変えること」をあげる。つまり、現在のポジションで業務効率化を行ったり、サブシステムという新しい価値を生み出すことによって、競争力を高めていこうというわけだ。同じことを同じようにやっていても何も変わらないばかりか、周囲が変化すれば相対的に価値は下がる。今までとは異なるやり方を自分自身で考え、工夫しなければ何も変わることはない。 それでは、そうした新しいアイディアや工夫はどうしたら生まれるのか。出口氏はそのヒントとして、ミュージシャンの坂本龍一氏の言葉を引用して、次のように説明する。
次々と新しい音楽を作ってきた坂本氏は、「私は天才ではない。子どもの頃から聞いた音楽を組み合わせて、新しい音楽を作るのだ」といっています。どんな人も、自分の中に情報や知識がなければ、アイディアなど浮かびません。新しい情報や知識を自分の中に取り入れるためには、学ぶことが必要です。その方法とは3つ。たくさん人と出会い、たくさん本を読み、たくさん現場へと出かけて実感を得る。新しいアウトプットを生み出すためには、そうした「人・本・旅」が大切です。
しかしながら、人はどうしても怠けがちで、楽な方を選びがち。なじみのない場よりも、似たような情報を持つ人と付き合う方を選んでしまう。そんな人が新しい知識や情報を得るには、「ダイバーシティ」の環境で仕事をすることが有効という。つまり、強制的に自分と異なる価値観やバックグラウンドに触れるようにするわけだ。
「歴史」から未来を予測し、現状を打開する方法を学ぶ
出口氏は、現在生きている人々から学ぶのと同様に、過去の歴史に学ぶことの重要性を強調する。1万年前からツールは進化しても、それを操る人間の知能はほぼ進化していない。そうした人の脳の働きが歴史を紡ぎ、苦難に対処してきた。それから学ぶべきことは多い、というより歴史以外に参考になるものがないという。
特にその判断が大きな影響を与えるリーダーこそ、歴史から学ぶべきです。歴史から将来を予測し、対処方を学ぶことで、有事の際の対応が的確になります。かつて文系寄りの歴史の学び方は勧善懲悪など物語性が強い傾向にありました。歴史から学び、将来に備えるためには、歴史的事象を論理的に分析し、総合科学的にアプローチすることが大切です。たとえば、源平の戦いで源氏が勝ったのは、異常気象により平氏の所領の多い西部が飢饉に襲われたからと見られています。また、女性である持統天皇が即位できたのは、当時影響を受けていた唐の武則天の存在があったから。つまり歴史的事象は単独では起きてはいません。世界とのつながりの中で、何らかの影響を受けています。その関係性を考察することで、客観的な論理思考のトレーニングができると考えられます。
また、日本では歴史解釈が様々に行われ、歴史学者の中には「国の数だけ歴史がある」という人もあるが、出口氏はこれを否定。様々な文献から「本当にあった事実」に近づいていくことこそ歴史であるという。自分が聞きたい歴史ではなく、真摯に事実に向き合うことで「解」が見えてくるというわけだ。 様々な歴史的事例が取り上げられ、興味深い分析が展開されたが、出口氏は「音楽でもサッカーでも、好きなものを突き詰めて調べ、学んでみてほしい」と語る。歴史を学ぶことと同じように事実を見極める目、物事の関係性を分析する力が養われるという。
日本はもとより世界にも類のない「ネット専業生保」という「ライフネット生命」を立ち上げた出口氏。日本の現状の事実把握と論理的解決という観点が、新しい事業を切り拓いた原動力の源泉だ。
● イベント概要 ●
- イベント名:Business Book Academy : 仕事に効く教養としての世界史
- 主催:翔泳社
- 協賛:日立製作所
- 開催日:2014年7月7日
- 講師:出口治明(ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長兼CEO)