小売業の殻を破る事業変革。「百貨店直自社農場」への挑戦
──最初に、近鉄百貨店が手がけている「いちご生産販売事業」の概要をお聞かせいただけますか。
荒鹿充範氏(以下、荒鹿):約3年前から大阪南部の河南町にある自社農場でいちごを生産し、自社の店舗で販売しています。年間の生産量は25トン前後。既存の生産者と取引契約を結ぶのではなく、農場の開設から栽培、収穫、輸送まで一貫して自社で手がけ、現在は「都会のごちそう 近鉄の大阪いちご“はるかすまいる”」として展開しています。「一次産業に参入し小売流通業の殻を破り、百貨店としてさらなる成長を遂げたい」という思いが事業の発端です。
数ある農作物のなかからいちごを選んだのには、「商品の人気」と「付加価値」という2つの理由があります。近鉄百貨店では以前から多種多様なフルーツを販売していますが、そのなかでもいちごの人気は高い。また、いちごは多品種なため、新鮮で美味しい品種を生産できれば、高付加価値で販売できます。こうした背景から、生産から販売まで一気通貫した自社生産の第一弾としていちごに焦点を絞りました。
──いちご生産販売事業を手がけるうえでの課題はありましたか。
荒鹿:自社での農作物栽培が初めてだったこともあり、当初は生産面で苦戦しました。しかし、事業が2年目に入り生産量が安定しはじめた頃から、今度はマーケティング面の課題が浮き彫りになりました。
具体的には、「付加価値を伝えるための魅力訴求」です。当社の売り場にはお取引先様が展開する様々ないちごが陳列されているので、そのなかで自社生産商品のどこが優れているのか、何が魅力なのかを訴求しなければいけません。過去には「百貨店が作りました」といったコピーを考案してPOPを設置するなどの試行錯誤も行いましたが、なかなか成果にはつながりませんでした。
トップライン(売上高)が向上しなければ、事業の継続性すら危ぶまれてしまう。そうした危機感からsusworkさんに支援いただき、同社が得意とする「カテゴリー戦略」に取り組むことになりました。
今、大手企業こそ取り組むべき「カテゴリー戦略」
──「カテゴリー戦略」とは具体的にどのような取り組みでしょうか。
舘川裕司氏(以下、舘川):カテゴリー戦略とは、競合ブランドとの差別化やシェアの奪い合いをするのではなく、カテゴリーを新たに創出する、または新たなカテゴリーエントリーポイントを拡大することで、顧客の想起と接点を最大化し、ブランド価値向上を実現する戦略です。
近年のマーケティングにおいてもカテゴリー創造、カテゴリーエントリーポイントが注目を集めています。消費者は、ある商品を求める際、様々なシチュエーションを起点に「カテゴリー」をまず想起すると言われています。
たとえば、仕事の疲れを労いたいとき、一人の時間を楽しみたいときなど、特定のシチュエーションで「ビール」というカテゴリーを想起し、そのうえで個別ブランドが頭に浮かぶはずです。
しかし、商品・サービスが溢れ、「〇〇なら、〇〇」という特定のブランドが想起されやすく、また世の中の変化が激しいために、カテゴリーが生まれては消える速度が上がっています。
カテゴリー戦略では、新しいカテゴリーを創造することによって、競合商品と同じ場所で戦うのではなく、新たなカテゴリーを構築したり、既存のカテゴリーを拡大したりすることで「より選ばれる商品になること」を目指します。今、大手企業の多くは成熟市場にあります。だからこそ、社会や技術の変化を捉えて新たなカテゴリーを創造していくことが極めて重要になります。
──近鉄百貨店ではどのようにカテゴリー戦略を実践したのでしょうか。
舘川:まずはカテゴリー戦略に関するレクチャーを開催し、いちご生産販売事業の皆さんに「カテゴリー戦略とは何か」から理解していただくようにしました。その後、「Who(顧客)」「What(提供価値)」「How(提供手法)」の順に戦略を策定し、個別の施策に落とし込んでいきました。
荒鹿:一度のレクチャーですべてを理解できたわけではありませんが、カテゴリー戦略という体系的な方法論を学べたのは極めて有意義でした。一貫性を持ってマーケティングや販売施策を展開するには、担当者間での意思統一が必要です。カテゴリー戦略の方法論は、一貫した施策を実践するうえで部内組織の“共通言語”になってくれました。

