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【出張版】M&A Online

著名弁護士が本音ベースで語る日本のM&Aとその課題

佐藤明夫弁護士インタビュー

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シナジーについて当事者が深く考えていない

――「M&Aは、事業シナジーを求める行為である」と言われますが、本当にシナジーがあるのか疑問に思うような案件も、少なからず見受けられるような気がします。

 プレスリリースには、よく「当社の事業との……といったシナジーを得られると判断し」などと書かれています。
 しかし、現場で見てきた経験から言えば、シナジーについていい加減な議論で終わらせているケースも少なくありません。また、最近は、「シナジー」という言葉が、統合による重複コストの削減の言い換えとして使われていることが多い気がします。「それもシナジーだ」と言われればそうかもしれませんが、投資家や世間が素朴に期待する本来的なシナジーとは意味が違うのではないかという思いが強いです。

――つまり、「シナジーは何か」という問いに答えられていないケースが多いということですね。

 少なくとも日本においてはそうだと思います。
 例えば、大衆的な居酒屋を経営している人が高級レストラン経営に乗り出す。「飲食店経営」という意味では一緒でしょうが、普通に考えても、仕入れからメニューから従業員教育から営業活動から、まったく違う経営が必要だと思えますが、これを「飲食事業としてのシナジーがある」と言い切ってしまう、極端なことを言えばこれに近いようなことが起きているのではないかと言うことです。
 こういうことが許されてしまっている背景として、日本の証券市場の成熟度について指摘する人は、私の周辺に少なからずいます。冒頭申し上げたとおり、上場企業であればM&Aはディスクロージャーをしなければなりませんし、上場していなくとも、大企業であれば自己の行うM&Aをメディアに発表することが求められますが、最近までは、証券市場のプレーヤー、例えば機関投資家や金融機関などは、開示した企業に対して、「なぜこの件を行うのか」ということを厳しく問いただすことをあまりしてこなかったような気がしています。
 他方で、私自身の拙い経験でも、海外の機関投資家は、日本企業の経営者が想像もしていないかった本質的なことを聞いてくることが多いような印象を受けています。また、最近の傾向かもしれませんが、海外の巨大な機関投資家の多くが、経営陣に対して、中長期から長期に関するビジョンと、それに対するコミットメントを強く求めてきているように思えます。こういった人たちの厳しい視線を日ごろから浴びていれば、もう少し深みのある、プロ中のプロにも耐えられる「シナジーの議論」ができるようになるんじゃないかと思います。
 ただし、やっと、日本でもそういった議論の必要性が深まってきたので、「スチュワードシップ・コード」や「コーポレートガバナンス・コード」が出てきたんじゃないでしょうか。

――PMIにしても、シナジーの議論にしても、M&Aの肝となるものだけに、深みのある議論をするために何が必要だとお考えですか。

 結局は、人材教育、特に、経営者教育になってくるのだと思います。
 最近対応したM&Aの案件のキックオフミーティングで、クライアントからこういうご依頼をいただきました。DDで何に留意すべきか、会社として何を調べて欲しいか、というやり取りをしていたときの話です。ご依頼の内容は、「佐藤さん、買収によって当方が経営に入った場合に、それを不満に思って辞める従業員が出るかもしれないと思っているんだが、法務のDDの中でそのあたりを重点的に調べてもらえないか」というものでした。
 これまでM&Aをやったことがない会社だったのでこういうご相談が来たのだと思いますが、ご存知の方からは、「それ、DDで弁護士が調べることじゃないでしょ」という声が上がると思います。もちろん、私もそう思います。
 買収先企業の従業員が今後辞めていくかどうかは、買収の時点ではわかりませんし、むしろ大事なのは、買収して経営者が変わったとしても、買収した企業が成長していくために必要な人材が辞めないように、むしろ、買収前よりも高い意欲で取り組んでもらえるようにすることです。そのためには、買収後に直ちに現場に入り、従業員と膝詰めで議論し、意見を聞き、こちらからも明快なビジョンを提示し、「僕も必死でやるから、ついてきてください」と本心でぶつかって、買収先企業に骨をうずめる覚悟で、連日深夜まで、土日もなく働く姿を従業員に見せていくしかないのです。そういう人材を送り込むことが、PMIを成功させ、真のシナジーを生み出すものだと、私は思っています。
 となると、M&Aに先立ってそういう人材が社内にいなければ、そもそもPMIもシナジーもないということです。私が人材教育といっているのはそういうことです。

――人材教育、とりわけ経営者教育が大事というのは、そういうことなのですね。

 多くの日本の企業の皆さんは、PMIを「管理」だと考えています。だから経理部の人や管理部門の人を買収先企業に出向させるのです。
 確かに、買収すれば連結対象の企業になるので数字や管理はマストです。しかし、数字を見ていれば会社が良くなるというものではないし、管理さえすれば、買収された企業の人たちが今までどおりに働いてくれるとも限りません。
 そもそも論でいえば、売りに出される会社は何らかの問題を抱え込んでいるのです。私の近しい大企業の経営者で、数々のM&Aを成功させている方がおられます。あるときにその方が「買った会社は放置しておくと一日ごとに腐っていく」という話をされていたことがいまだに頭に残っていますが、緊張感のある方からすればそういうものかもしれません。そういう状況にある企業の将来性に賭けて買収するのですから、数字だけを見ていればよいはずはないのです。数字や管理についてハイレベルな知見を持っている一方で、爪の間が機械油で真っ黒くなっている工員と赤ちょうちんで酒を飲み交わし、泥臭く事業や会社の未来を議論できる。合理的かつ厳しい決断をする一方で愛情をもって部下と接することができる。青臭いことをいえば、こういうことができる、懐の深い経営者としての力量を備えている人物でなければ、真のPMIは成就しないと、私は思っています。
 さらには日本企業のM&Aが必ずしもうまくいっていないとすれば、それは、そもそも自社に、買収先に「社長」として送り込める人材がいないこと「社長」を育成するための人材教育、経営者教育がなされていないこと、ここに帰着すると、私は考えています。

 私も数多くの大企業のトップと話をしてきましたが、そこで人材の話になると、「今のウチの若手、30代から40代くらいに、そういうレベルで期待できる人材がほとんどいない」という話が毎度のように出てきます。今の日本企業や日本社会は、そういう状況にあるのかもしれません。

――なぜ、日本企業においては、経営者教育ができないのでしょうか。

 日本の多くの会社では、取締役会において、多くの時間を割いて業務に関する議論はするものの、経営に関する議論はほとんどしていない気がしています。会社の最高意思決定機関においてすら、「経営」についてきちっとした議論ができていないのだということです。「経営者教育」と言われても、当の役員さんにおいてもなかなかピンとこないのではないかと思います。
 欧米は一般に「格差社会」だといわれています。会社には、ハイレベルな教育をまったく受けていない多数の労働者がいる一方で、若くしてMBAを取り、幹部候補として大企業に入ってくる層がいる。労働者階層の人たちは、一生懸命働いたからといって、宝くじで1等が当たるくらいのよほどの幸運がない限り、取締役や経営層にはなれない一方で、経営層に行く若手は、30歳くらいから、しかも、その会社の業務や実務についての経験がほとんどないにも関わらず、既に「経営」の一翼を担わされる。これが、ある意味、典型的な欧米の企業社会の姿と考えています。
 しかし、少なくとも戦後の日本は、世界が驚く平等な社会です。また、長年にわたり安定した成長を続けてきました。その前提または結果として、日本の企業では、新入社員が概ね同じレベルの学校教育を受けてきており、少なくとも「総合職」は同じポジションで入社し、入社後も平等な社員教育を受け、日々コツコツと業務を積み重ねた人が着実に出世をし、取締役や社長になっていく構造になっています。新入社員と社長の給料が、日本では十倍とかせいぜい数十倍なのに、世界では数百倍、場合によっては数千倍といったことがむしろ普通であって、日本人はそこに強い違和感を感じますが、世界から見れば、かえって日本の方が驚くべきことなのです。長年、そういう状況が続いていた中では、経営能力の有無を直接問われることはなく、業務遂行能力の優れた者が経営陣に加わっていくことがほぼ例外ないプロセスであって、その結果、妙な言い方ですが、「社長や取締役はいるが経営者はいない」、「取締役会は執行会議ではあるが経営会議ではない」ということが続いてきたんじゃないかと思っています。
 そうした日本的な企業慣行がよいかどうかの評価を別にして、M&A、特にPMIに必要な経営者人材の育成という観点で考えれば、こういう環境の中では、買収先企業の経営を任せられるような経営者人材が育つことも難しいですし、企業側もその必要性を感じてこないまま、今日を迎えてしまったのではないかと思っています。わが国では、実は、M&Aに必要な人材像は明確であるにも関わらず、そういう人材がほとんどいない中でM&Aを繰り返してきているのかもしれません。

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