ログ分析だけでは「数字に溺れる」というあせりがあった
——前回はくらたさんから見た「メディア“d”スクール」の立ち上げについて伺いました。そもそも依頼された坂本さん側から「メディア“d”スクール」に対してはどのような期待をされていたのでしょうか。
坂本:
「メディア“d”スクール」への思いは、私自身の課題感が起点でした。私は2007年入社なのですが、2008年にリーマンショックがあって大幅に調査コストが削られ、その一方でリクルートがネットビジネスに大きくシフトした時期でした。なので「カスタマーの期待」や生の声が聞けないのに、ログ分析でCPIだPVだと数字に追われるという状況で、「このままでは数字に溺れてしまう」という危機感があったんです。
そこでまずはオンラインで調査ができるという仕組みを作って、賞までいただいたんですが、使える人がいなければ所詮ツールでしかない。「誰もできない」という状況に愕然としたんです。それで経営層に対して「リクルートは今一度カスタマーに向き合うべきだ」とプレゼンをして、「自分がやる」と豪語してしまして、まあ、できるはずもなく(笑)。
そんなときに「事業を実際に立ち上げ」「カスタマーにガチで向き合い」しかも、「メソッドにカタをお持ちである」くらたさんの存在を知って、恐る恐るお願いするに至ったんです。その後のことは、前編でお話しした通りです。
くらた:
ええ?恐る恐るって、そんな感じじゃなかったですよ(笑)。
坂本:
いや、初回は「そうじゃない」って何度も怒られましたから、かなりビビってましたね。今ではわかるんですが、当時の私は完全に左脳に偏っていて、「スコープが決まった中でのリサーチ」という前提とか、仮説とかで話をしようとしていたんですね。それについて「そうじゃないんじゃないの?」って、いきなり突っ込まれまして。
くらた:
「人の気持ち」を「インサイト」って言ってる時点でね、イラっとしたねえ。いや、もちろん意味としては正しいんですけどね(笑)。
坂本:
そこかっ?みたいなところでしたから。でも、今はすごくわかるんですよね。結婚しようとする相手に対して、相手を理解しようとしたり、自分の良さを伝えたりするなかで、「自分のことをどう思ってる?」みたいな聞き方ではなくて、「今のアプローチやプレゼンテーションはいかがですか」って聞くような違和感。それを指摘されたのだろうと。
くらた:
そうといえばそうなんですが…。私も若い人たちの言葉をインプットして、「インサイト」にもなじもうと努力しまして、若い人たちが「人の気持ち」という意味で使う感覚レベルにようやく追いついてきたんじゃないかな(笑)。
坂本:
その辺りも含めて、形式的な用語に頼るのではなく、自分たちの感じたことを言語化する大切さみたいなものも、プログラムに盛り込んでいただけたのはよかったですね。
リクルートメディア“d”スクールは「解きほぐし」から入る
——製品・サービスの企画・開発のアプローチを学ぶといっても、一朝一夕には身に付くものではないことが想像できます。「メディア“d”スクール」では、具体的にはどのようなことを行なうのでしょうか。
くらた:
基本的には、スタンフォード大学が提唱するデザイン思考における5つのステップと、リクルートの現役時代から考えていたことをまとめた「開発&事業化の8プロセス」をベースに、実際に追体験してもらうという形式です。毎週1回、計10回のワークショップ形式で、手を動かし、声を出して進めていきます。
ただ、頭や心がカチコチで、どんなにメソッドを提供してもできるはずがない。そもそも素直に「やろう」とすら思わないでしょう。そこで、まずは頭と体、そして心を柔軟に、オープンにすることをトレーニングしながら進めます。前編でもご紹介したような「誰かになりきってみる」というのもその1つですね。幸い我らがリクルートの後輩たちは、わりとすんなりオープンマインドになってくれて「やってみる」姿勢がとてもよかった。でも、案外すぐにはできない人もいるんですよ。
坂本:
リクルートからの参加者でも、はじめはガチガチな人もけっこういましたよ。でも、見よう見まねで少しずつ自分を解放して表現できるようになっていましたよね。それは、同じ受講者としても感動ものでした。
くらた:
実はそこが一番大切で、思い込みや羞恥心といった「マインドセット」を解き放つことが何よりも大切と言っても過言ではないでしょう。でも、頭と心をやわらかくしようと言葉で伝えても、なかなか人を変えることは難しい。なので、とにかく自分から動いてもらって、言葉や体で表現することから少しずつ解放してもらおうと考えました。いわば準備体操みたいなものでしょうか。
そうした思いから、第1回のテーマは「自分を知る・他人を知る」にしました。以前、リクルートではSPIとGATTでその人の性格を調べて、さらにそれを創業オーナーからアルバイトまで全員共有していたんですよ。互いに「違うこと」を理解して働こうというわけですね。今なら「ダイバーシティ」ということでしょうか。それを受講者の16人でやってみるわけです。他にも、「ビジュアル・シンキング」で体の目、心の目、手の目を使って見ることをテーマにしたり、「絵を描く」では考えやアイデアといった抽象的なものを絵に表す方法をテーマにしたりしました。
坂本:
そう聞くとなんだか自己啓発のプログラムのようですが(笑)。実際、受講者からの反応はすごくよかったですね。受講者からは、「絵を描いたり、ブレストした後の疲れが尋常ではなかったことから、普段右脳を使用できてないことに気がつきました」とか、「くらたさんの講座を受けていると、感動して泣いてしまったり、話しているだけで汗が吹き出してきたり、体が活性化する効能もあるようです」というような感想もありました。
くらた:
普段使っていないところを使ってもらう柔軟体操みたいなものでしょうね(笑)。