クラウドファンディングで「本と講演」をプロデュース
── 『「実店舗+EC」戦略、成功の法則』を出版されるにあたって、クラウドファンディングを実施されました。そもそもどういうところから着想されたのでしょうか?
川添:クラウドファンディング自体に以前から関心があってやってみたかったのです。きっかけはやはり、西野亮廣さんがやった『革命のファンファーレ』のプロジェクトでしょうか。最近は他の人の購入型のクラウドファンディングをけっこう見てきたので、そこに何があるのかを知りたかったというのがあります。
── クラウドファンディングは3週間弱という短い期間でした。
川添:通常1ヶ月から3ヶ月ぐらいですよね。目標金額は最初はびびって(笑)10万ぐらいかなと思ったのですが。他の人のイベント開催のクラウドファンディングを参考にして、その水準は超えなきゃと思って、30万に設定しました。結果としては80万を超えることが出来ました。
── 4年前から「ZOE会(ゾエ会)」というECについてのコミュニティを主宰されていて、今回その会への参加権や、講演依頼、会議に参加してもらう権利などもあって、けっこうユニークなメニューでしたね。
川添:これまで講演に呼ばれることはありましたが、自分からテーマを発信して講演をさせてもらうことはなかったので、今回は試してみたかった。
メニューとしては、「本とコミュニティへのオブザーバー参加」や「本+オンラインサロン参加」の権利、「あなたの会社の会議に川添隆を呼べる権利」や川添隆のセミナー開催の権利など12種類。3千円から12万円までのメニューを準備しました。ある意味、私が持てる全てをリターンにしてみようと(笑)。
── 最大の金額が、本50冊とセミナー開催権利の12万円。書籍代が含まれていることを考えると講演オファーの権利の金額としてはかなり安いとも言えますね。これまでもセミナー料金を公開しているコンサルタントの人とかは多かったですが、本とセットで講演や会議に呼ぶ権利を公募するというのは新しい試みですね。
川添:理想としては私のことを知らない人から、申込みがあればと思ったのですが、実際は約15%ほどがそういった方で、会議参加権利やコンサルティング権利、そしてセミナー開催権利プランも2名ずつで知っている人からの申し込みをいただきました。
「今まで講演頼みたかったけど、忙しそうで頼みづらかった」とか「一度会社に呼んで徹底的にディスカッションしたかったので、公に売り出しているので、会議参加権利を買わせてもらった」と言ってくれる人がいて、ちょうど良かったです。私自身、そういうニーズはあると思っていました。
本の仕入れ代を差し引くと、私のフィーはほとんどない事が、分かる人には分かるので「本当にそれでいいの?」と言ってくれる人もいました。
── 川添さんとしては、そこは利益としては薄くとも、その先のビジネスメイクを見据えてことでしょうか?
川添:いや、その先の商売を見据えていたというわけではなくて、私自身がこのクラウドファンディングを通じて、何が変わるのかを確かめたかったんです。
出版社にある程度お金を払う買取条件で、リスクをシェアして本を出して、「本の出版」をコンテンツとしてクラウドファンディングで告知、そして講演やコミュニティにつなげていくという、一連のプロジェクトや活動自体が、自分のプロモーションだと思っていました。これまでやったことがない最新の取り組みをやること、やりたいことに挑戦して川添隆を認知してもらうことが、最大のリターン。そもそも、この一連の取り組みには大きな「負け」はないだろうと。
── 「EC業界で『第2、第3の川添隆』になるためのセミナー開催権利」を売るというのも面白い。
川添:ECと実店舗を理解して結果を出した人が絶対的に少ない、IT業界で活躍している人を採用できない、なかなか人を育てられないというのが、EC業界の課題なんです。EC部門の“ヒト”に課題があるとわかっていても外部採用を優先してしまう。今は“育成”に投資をしている企業は少ないんです。最近はイベントやセミナー、教育の場で登壇の機会が増えてきたものの、EC業界を見渡しても登壇者はだいたいいつも同じで、そこからなかなか広がっていないと感じていました。
前職のクレッジ、メガネスーパーというEC事業視点では必ずしも大手ではない組織の中で、私がどんな野心を持っていたか、どうやって自分のポジションを作ってきたか、どんな優先順位で事業に取り組み成功と失敗をしてきたか、どういう人の助けや教えでここまで来れたかということを公開してしまおうと。新しい人が出てこないと面白くないじゃないですか。
川添流メディアの使い方
── 今回は翔泳社のメディア(ECzine)の連載の書籍化がきっかけですが、それ以外にも様々なメディアにコミットされています。川添さんとしての「メディアの使い方」は?
川添:「メディアを使う」というのはおこがましいですが、気にかけているのは、読者、そしてメディアの企画や編集の立場に立った上で、自分の考えや企業の取り組みをどう出すかということ。その場合にポリシーはあって、ひとつは「絶対に話を盛らず、事実を正直に話す」ということ。もうひとつは「他者を否定しない」ということ。この2つは原則にしています。
── でもメディアによっては、盛ったり煽ったりする方が面白いという人もいるでしょう?
川添:そういう人もいるでしょうし、それも役割づけやブランディングなのかなと。私自身は業界の中での自分のポジションを比較的冷静に見ていて、その上での発言を考えるんです。あとは自分の性格です(笑)。ECの世界では、それほどメジャーではないメガネスーパーの人間として、限られた条件の中で考えたり様々な人からの影響を受けているという実直な姿勢を見せていきたい。「他者を否定しない」というのも、他者がやっていることには、すべて意味があるので、たとえ異論があっても良くなる方向で意見を出していった方が良いと思うからです。
── 企業人でありながら、いろんなメディアに出ていくということに抵抗はなかったでしょうか?
川添:前職の時から、企業の中で働く人間として「会社をどう使うか」を意識してきました。「個人として会社は使い倒せば良い」というのが私の考えです。こう言うと、「川添さんは自分を売り込む、セルフブランディングのためにやっているんでしょ?」と社外の方から言われることがあるんだけど、個人が強くならなければ、会社は強くならないでしょう。しかも、ECという業界の中で、決して強い立場ではない会社として、使えるリソースも限られていく中で戦っていくには、個人で発信し、それを交渉力という武器にしていくしかない
なぜ「実店舗+EC」なのか
── では、この本の内容についてうかがいます。まずECのビジネス書ではありながら、「実店舗を持つ会社のEC戦略」にテーマを絞られたのはなぜでしょう?
川添:序章に書いている「ECと実店舗は基本的には変わらない」というのが基本メッセージです。同じ小売なんで。しかし、実店舗やMDのやり方は、それらが生まれてから革命的と言われるような変化がなかった。一方で、それに比べるとECはどんどん手法やトレンドが発展していることもあって迷ってしまうことが多い。つい目新しい手法に流れがちですが、考えてみれば、「実店舗があること」「これまでのお店に来たお客様がいる」ということは、ゼロからECをスタートさせる会社に比べると圧倒的に有利なのです。
日本の小売業の売上は、約94%が実店舗などEC以外によるものです。良くても60%、だいたいの会社が90~99%という実店舗の売上比率ならば、その店舗を生かさない手はないでしょう。
── 「実店舗+EC」というのは決してニッチではなく、現状の日本の小売業の変革を考えたとき、最もリアルな戦略であると。
川添:さっきお話しした「個人が会社を使い倒す」発想と同じで、「ECが実店舗をいかに使い倒すか」、「すでに存在する実店舗のお客様に、ECがどうアプローチするか」、この本ではここを徹底的に掘り下げたつもりです。正論ではなく、課題解決のためにどんな次の一歩を踏み出す必要があるかが大事です。
日本で本当にリアルとデジタルが融合していくのは、もう少し先だと思っています。中国やヨーロッパのように完全に融合した段階になれば、ECの専任担当者はいらなくなるかもしれません。
── オムニチャネルやデジタルマーケティングの手法は出てきています。
川添:そういう戦略や手法自体は試しながら、早く環境を整えてしまえばいいだけの話。もちろん、そこへはたくさんのハードルがあるんですが、本当に考えなくちゃいけないのは、自分たちのブランド・企業のアイデンティティは何か、それをどうやって製品やサービスを通じてお客様に伝えていくか、なおかつその先に従業員がどう潤っていくかを考えるほうが楽しいでしょう。
「正論」からは何も生まれない
── 実店舗で売れる商品の在庫がなかなかECに回らないとか、店舗とECの値引きのセールの同期を取るのが難しいとか、この本にはけっこう泥臭い話も書かれています。実際、店舗とECが協調するというのは難しいことなんでしょうか?
川添:「本業と新規事業が協調する」とか「店舗とECが相互に協力する」は確かに正論ですが、正論からは何も生まれないんです。うちの社長(ビジョナリーホールディングス兼メガネスーパー 星﨑社長)は「「正論が跋扈し、利益が減っていく会社は潰れる」」と毎度皆に言うんですね。確かに、私がメガネスーパーに入った当初は正論が溢れていたと感じます。
実店舗側がECに在庫を回してくれないのには理由がある。それは別に協力したくないわけではなくて、部門としてそこまで見る余裕がない、うっかり忘れていた、そもそもどんなタイミングで販売されて売れているのかなど優先順位がつけられなかったり、関心を寄せられたないからです。こうした問題に、「ECはブランドの一部だから在庫をまわすべきでは?」という正論をかざしても何も解決するわけがないです。具体的な解決のいくつかを紹介し、EC部門側から動き、実店舗やMD担当者をストレスから解放させた方が前に進みますよね。
── この本の第二部では、アパレルブランドやデベロッパーのECやデジタルチャネル部門のリーダー7名と対談されています。
川添:アパレルの中でもデベロッパー側にいらっしゃるパルコ 林さん、丸井 臼井さん、SHIBUYA109エンタテイメント 沢辺さん、この3社のリーダーの方はそれぞれユニークです。たとえばパルコ 林さんは、自前で完結させるECサイトをいったんやめた後で、「カエルパルコ」「POCKET PARCO」という新しい仕組みを立ち上げた。丸井 臼井さんは、数年前から最先端のオムニチャネルの体制を敷いた上で、自分たちのPB商品のリブランディングを起点とした体験店舗とECの融合を進められた。SHIBUYA109エンタテイメント 沢辺さんは、各ブランドに対して、これまで実店舗とECの営業担当者が別々だったところを1人に集約したり、将来的にフロア案内の紙をなくしてしまおうなど、大胆な取り組みをされています。この3名はデベロッパーのEC・オムニチャネル領域として突出していると思います。
またビームス 矢嶋さんやナノ・ユニバース 越智さんについては、それぞれ手法は異なるものの、自ブランドのこれまでのお客様に対して、デジタルを通じてどんなアプローチをすべきかを考え、どんどんチャレンジされている。しかも、実店舗スタッフの巻き込みまでされている。どんな経緯でそこに行きつき、そこから何が変わったかお話いただきました。
ヒューマンフォーラム 井垣さんは、ユニークなブランドポジションを生かしながらも、小手先のWEBマーケティングなどではなく、まずはECとして「売れる店」の環境を整えることを優先されたことが、私のアプローチと非常に似ていると感じました。中川政七商店 緒方さんは、動画を含めたクリエイティブの使い方だけでなく、歴史ある老舗企業がデジタルシフトを推進していくためだけではなく、現在小売が見失いがちな自社の「らしさ」を再構築していく考え方や実例を語っていただきました。
この7人は、それぞれ会社の中で「自身の考え」を具現化することで結果を出している人たちです。実践されてきた施策や手法やヒントも散りばめられていますが、この7人の考え方、プロセスをぜひ参考にしていただければと思います。
── ありがとうございました。
「実店舗+EC」戦略、成功の法則
著者: 川添隆
発売日:2018年5月31日(木)
価格:2,160円(税込)
本書について
本書ではアパレルブランドでの店頭販売からスタートし、EC事業やオムニチャネルを推進し、3社にわたって短期的にEC売上を2倍以上にした著者がその経験から学んだノウハウを紹介しています。