なぜアーティストや若い才能が、デトロイトに惹きつけられるようになったのか?
入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール准教授、以下敬称略): デトロイト市では、アーティストや才能ある若い人が引っ越して来やすい施策をいろいろと打たれていると聞きました。
スティーブン・ルイス氏(デトロイト市都市計画局、以下敬称略):そうなんですよ。32歳になったアーティストの私の娘も、デトロイトに引っ越して来ました(笑)。倉庫を再生してアトリエとして使うアートグループの一人として認められ、シルクスクリーンの作品を作っています。さらに言えば、私の妻もタペストリー作家なのですが、デトロイトに来てからアーティスト心に火がつきました。デトロイトにいると、人々は何かを生み出したくなるんです。
入山:なぜでしょう?
ルイス:「クリエイター・スピリット」というのは、誰かが奪い取れるものではないものだからでしょうね。例えば家は、家賃や税金を払わなかったら奪われてしまいます。そうなれば、仕事も希望も失ってしまう可能性もあります。
しかし、「クリエイター・スピリット」だけは、何があっても奪われないのです。だからデトロイトが衰退して苦しんでいた時代にも、アートはそこにあったんです。無名で、いつも作品作りをしていて、莫大な利益を得るわけではないアーティストがいて、自分の考えを表現することしかできないから、やっていたんです。
入山:興味深いですね! つまり、どんなに崩壊した都市でも、クリエイター・スピリットは残る、と…。なるほど、これは日本の荒廃しつつある地域にも言えるのかもしれません。そこをうまく活かせたからこそ、アーティストはデトロイトに惹かれるのでしょうか。
ルイス:そうですね。ただし、アーティストがデトロイトに惹かれるのは、それだけではなく別の理由もあります。それは、注目されるアーティストが出てきたことで、アーティストの都市としてのストーリー化が出てきたのです。
たとえば、「Shinola(シャイノラ)」の存在。シャイノラは2011年にデトロイトで設立されたデザインブランドで、アメリカの職人が持つ技術の復活を果たすべく、Made in Detroitにこだわって生産を行っています。彼らは「デトロイトはアーティストの場所である」という考えに魅了されてこの土地に拠点を構えたのですが、そのシャイノラが突然メディアに注目されるようになった結果、デトロイトにアートを生み出す場としてのストーリーが生まれました。
入山:シャイノラは初めて知りました。注目してみます。
ルイス:また、音楽も大きな要素です。デトロイトにはソウルミュージックやブラックミュージックを一般に広めたモータウンがあります。80年代にはテクノ・ミュージックがデトロイトで生まれています。光が当たっていなかっただけで、元々アーティストのための場だったともいえます。
再開発計画の中で、住宅価格・家賃水準の上昇に対応する政策として、1階にアトリエがあるようなアフォーダブル住宅(値段が手ごろな住宅)を作っていったことも、この流れを加速させています。NYから来た若い起業家、フィリップ・カフカ氏が1階にヨガスタジオやアトリエという共有スペースがある賃貸物件をつくったのですが、彼の賃貸物件には200人の入居希望者がいるそうなのです。彼はその後、様々なコンセプトの複合住居の賃貸物件を作っています。これが成功しているので、行政も同様の住宅を作って、アーティストが仕事を生み出せるようにしています。