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藤幡正樹氏に聞く、21世紀の教養とは

現代日本は西欧の近代化の歴史と意味を知るべき。メディアアーティスト藤幡正樹さんが考える教養とは?

ゲスト:メディアアーティスト 藤幡 正樹氏【前編】

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 国際的なメディアアーティストである藤幡正樹氏は、日本人には西欧の近代に関する教養(リベラルアーツ)が圧倒的に不足しており、これではグローバルなビジネスで戦っていくことはできないと主張する。藤幡氏が考える教養とはなにか、それを持たないことがなぜ問題なのかを伺った。社会に必要とされる新しい事業をどう発想すべきか、グローバライゼーション、STEMやSTEAM、さらにSDGsなどのような大きく複雑な課題にどう立ち向かえばよいのか──そんな課題を持つビジネスパーソンに、ぜひヒントにしていただきたい。

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「見たことのないものを見せる」のがヨーロッパにおけるアーティストとサイエンティストの役割

 藤幡氏は、80年代初頭からコンピュータを使った創作に取り組み、日本のメディアアーティストの草分けとして国際的に高い評価を受けている。氏は、90年代後半からフランスやドイツの美術関係者にアーティストとして評価されるようになり、その理由を探るうちに、西欧の人々のものの考え方を理解するようになったという。

ヨーロッパ社会でのアートの役割は、日本におけるそれとは全く異なります。ヨーロッパの市民社会の根本には個人主義があって、個人が意見をぶつけあいながら問題解決する、これが民主主義の基本ですよね。

 誰も意見を言わない社会では、問題解決がされません。そのような社会は固定的で動かず、衰退していきます。そうならないためには常にリニューアルが必要。問題に対して新しい解決を見いだしていかなければいけません。だから教育も、個人が意見を持つことを可能にするためのシステムとして社会に組み込まれています。

 アートとサイエンスにもそのための役割があって、それは、『誰も見たことのないものを見せる』ということなんです。歴史や哲学は現状分析から未来予測をしますが、芸術と科学はエクストラ・オーディナリー、つまり飛躍していていいんです。それが、いつか社会に役立つソリューションにつながる可能性があるから、ヨーロッパ、特にフランスとドイツではアーティストとサイエンティストの社会的地位が驚くほど高いのです

 藤幡氏は、「ピクチャー」と「イメージ」の間のゆらぎのようなものをテーマに創作活動を行ってきた。「ピクチャー」はキャンバスに描かれたり写真に撮られたりして固定化したもの、「イメージ」は網膜やスクリーン上に映し出されているが定着し得ないものだが、新しい技術はこの定義に当てはまらないようなものを可能にする。藤幡氏はコンピュータなどを使ってその具体例を提示するが、その手法が西欧では珍しいことから、海外で歓迎されるのだという。

2019 Matrix of Visions, pillow vision(藤幡氏の東京画廊での個展「E.Q.」の様子)

 「見たことのないものを見せる」というアートの役割は、西欧の近代化の過程で確立した。日本人はその背景を理解する知識がないから、芸術に対する接し方も全く異なるし、ビジネスにおいても欧米人の考え方が理解できず、対等に渡り合うことができないと、藤幡氏は言う。しかし、日本も先進国の一員となった現代において、過ぎ去った時代である西欧の近代を理解することが、なぜそれほど重要なのだろうか。

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