西欧的思考で解決できない諸問題を解く「新しいシステム」を、日本は見出すことができるのか?

ゲスト:メディアアーティスト 藤幡 正樹氏【後編】

 環境破壊をはじめとする現代の諸問題は、西欧の近代化以降に普及した合理主義的な考え方の帰結である。国際的なメディアアーティストである藤幡正樹氏は、それらを解決するためには全く新しいコンセプトが必要だと主張する。
 前編では、日本人が西欧的なものの考え方を理解するための教養の必要性が説かれた。後編では、世界を席巻した欧米のイデオロギーが危機を迎えている状況と、欧米とは異なる歴史と文化を持つ私たちが新たなコンセプトを見いだす可能性について語っていただいた。

[公開日]

[語り手] 藤幡 正樹 [取材・構成] やつづかえり [写] 長谷川 梓 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] 事業開発 企業戦略 アート リベラルアーツ 教養

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目指すべきは欧米的な世界観への同化ではない

 幕末以降、日本は積極的に西欧のライフスタイルや教養を取り入れようとしてきたし、第二次世界大戦後はアメリカ主導の西洋化がなされた。しかしそれは、西欧の近代化の結果としての知識や制度を導入したのであって、近代化のプロセスを経験したのではない。そもそもキリスト教をはじめとする「一神教」の世界観を持たない日本人にとって、「絶対的な神が中心にある世界から人間中心の世界への転換」という近代化の意味を認識し、欧米の人々のものの考え方を理解するのはとても難しい──これが、前編における藤幡氏の主張であった。

 ただ、藤幡氏は欧米の人々の考え方を内面化し、同化することを勧めているわけではない。歴史的、文化的な土壌が異なる以上、同じプロセスをたどり直すことは不可能なのだから、結果だけを受け入れる道理もない、というのが藤幡氏の考え方だ。事実、中国は技術的には高度なものを持ちながらも西洋的な近代化を遂げることなく、近年は社会主義資本主義経済という独自の方法で発展した。

 必要なのは、先進国として似たようなライフスタイルを持っていても、日本と欧米の世界観は大きく異なることを自覚すること、その違いを理解するためにも欧米流の歴史、哲学、科学、技術、芸術という教養を知るということだ。

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