ルーツや原体験を認識することの重要性
10月9日(水)に代官山 蔦屋書店で開催された「『思考法図鑑』刊行記念トークセッション」。この対談では著者・小野義直氏と『実務でつかむ!ティール組織』の著者・吉原史郎氏が登壇し(司会は小野氏の共著者・宮田匠氏)、新たに注目される上司と部下の関係性を改めたフラット型組織、すなわちティール組織において個人が働くには何が大切かが語られた。
最初に、2人は今のビジネスにおける原体験について明かした。ティール組織では上から命じられたとおりに動くのではなく、みずから考えて行動することが重視される。そのためには自分が何を大切にしているのか、何を実現しようとしているのかをしっかり認識しておくことが必要だ。そのヒントが原体験にあるという。
小野氏の原体験は幼少期に遡る。小学生の頃、友人らとザリガニ採りに勤しんでいたそうだ。しかし、何度も採っていると皆が持て余してしまい、誰も持って帰らなくなってしまった。かと言ってそのまま逃がすのももったいない、でもどうしたらいいのか。そんなふうに困っていたそんなとき、魚屋を営んでいた父親から「市場でキリギリスが売られていた」という情報を手に入れる。
キリギリスが売れるならザリガニも売れるだろう、と踏んだ小野氏は、近所の神社の近くに露店を構えることにした。それにも理由があり、小野氏の実家である兵庫県の姫路には海水浴場があり、よく親子連れが来ていたのだ。おそらく神戸から来ているのではないかと推測した小野氏は、それなら子供たちは物珍しいザリガニに興味を持つはず、と考えたのだ。友人にもザリガニ販売をアピールするPOPを作ってもらい、3匹150円で商売を開始。まずまずの成果を得た。
この体験があったからこそ、小野氏はビジネスの中でもプランニングのおもしろさに目覚めたのだそうだ。高校生のときには実家の魚屋が経営危機に陥り、どうすれば魚が売れるのかに知恵を絞った。そして、大学生のときに出会った高橋憲行氏のプランニングに関する著書に大きな感銘を受け、ビジネスでは何より循環構造とコストを考えないといけないと気がついたという。
一方で、吉原氏の原体験は石川県のあるリゾートホテルの立て直しを任せられたときのこと。億単位の赤字を抱え、いかに経営を健全化していくかを考える日々だったそうだ。吉原氏はまずホテルの掃除から始めた。新しく何かを始める前に、直すべきポイントが多々あったということだ。そうしたフェーズから利益が生まれるフェーズへと移行していくが、その中で経営者としてメンバーが快適に働ける環境をどのように作っていくかが重要だと意識するようになった。特に、メンバーが自分で考えて理想を実現していく環境を作ることに専念したそうだ。
この原体験があったからこそ、ティール組織や著書『実務でつかむ!ティール組織』につながっていく。だが、現場の経営者として東京にいるオーナーと話をすると、自分の視座の低さを痛感する部分が出てきた。例えば、吉原氏が料理に力を入れるべく地野菜を使おうと提案したことがあるが、オーナーは現場に囚われることがないので有名シェフを連れてくればいいと考えられる。これをオーナー側が現場を知らないからといった理由で済ませるのではなく、目的を実現するために頭の中に思い描けるアイデアの量と質が異なっていることに起因すると吉原氏は分析。これはまさに多くの企業で上司と部下の間で起きる考えの食い違いの原因でもある。
そこで重要になるのが、組織内でいかに共有認識を作るかということだ。
共通認識を作り、言いたいことを言える場を育てる
小野氏はプランニングの仕事をする中で、何度も企画書の大切さを感じていると話す。企画書とは、それを見れば誰が作っても同じことができるようになる設計図だ。この設計図がないと、組織やチームの中で共通認識を持って仕事に取り組むのが難しくなるという。
また、うまくいったことを言語化して共有する作業も欠かせない。ベストプラクティスを一般化し、再現性のある形でまとめておくことで、チーム内で次回のプロジェクトを進めるときにスムーズなコミュニケーションが可能になる。口頭だけだとわかった気になって終わってしまうので、言語化して認識のズレを確かめ、調整していくことが非常に重要だ。
これには吉原氏も共感し、ホテル再建のときもオーナーと目的を実現するために必要な事柄を網羅した目的地図を更新し続けたり、思考法を揃えたりして視座を合わせるようにしていったという。視座の違いと言っても、大きな目的は共有されているはず。細部が違うことが多いからこそ、それを構造的に、体系的に可視化していくべきだ、と小野氏は指摘する。
要は、自分の当たり前は他人の当たり前とは違うということ。隣で仕事をしている仲間でもそうなのだ。会社では上司の当たり前が振りかざされることがままあるかもしれないが、部下にとってそれは「しんどい」ことになりがちである。その齟齬を可視化し、解消することがティール組織の実現には不可欠だ。また、齟齬の是正には意見と意見を二項対立にするのではなく、もともと何が大事なのかを、目的は何なのかと振り返りながら、2つの意見を融和させていくことが必要だ。
とはいえ、日本の多くの企業ではまだまだ部下が上司に対して、あるいは上司が部下に対して言いたいことを言えない環境がある。小野氏も、かつては仕組みさえ整っていればその困難は乗り越えられると考えていたが、そうではないと仕事をしながら気づかされたという。小野氏が携わったある企業では、一方の拠点では誰もが何でも言える場が作られていたが、他方の拠点では会議で沈黙が怒るような状態だったそうだ。同じ会社で同じ仕組みのはずなのに、なぜそうなるのか。
小野氏は、仕組みに血が流れていないと思ったようには機能しないと言う。発言が活発な拠点では中心人物が自分の鎧を脱ぎ、そのうえで相手の鎧を脱がそうとしていたからこそ、何でも言える場が作られていた。また、個々人の個性を活かす空気があり、そこでは誰もが自分らしい意見を言い、行動をすることができていた。では、このあり方自体を仕組みにするにはどうすればいいのか。そこで小野氏はファシリテーションによる安全安心な場作りの重要性に思い至ったそうだ。
パーパスを共有し、信じて待つこと
ファシリテーションといえば会議やワークショップで参加者の思考を導いていくことを指す。これを組織に当てはめるなら、上司と部下という従来の上下関係から異なった形が見えてくる。小野氏は何より組織のピラミッド構造が成長を阻害しているのではと考えているそうだ。課題に対して部下なりの考えがあるのに、上司がやりたい方向性に口を出せずに従ってしまうこともままあるだろう。
同じ会社で、同じ組織で同じ課題に向き合っているはずなのに、一方では不満が蓄積するのはいったいなぜなのか。小野氏はチーム内で大事にしていることを共有できていないことが原因ではないかと推察する。もちろん、売上が大事だというのは当然だとしても、では売上の先にある上位目的を共有できているだろうか。つまり、売上を達成することで何を成し遂げようとしているのかという大きな目的をだ。小野氏はこれを「パーパス(Purpose)」と表現する。
チームメンバー全員でパーパスを探求し発展させること──今後、これがビジネスにおいても不可欠になるという。しかし、介入のしすぎはかえって個人の成長を阻む。このことを、小野氏は吉原氏に学んだという農業を例に話してくれた。
小野氏は自然農法を行っているそうで、これは農薬や肥料を一切使わず、なるべく人の手を加えずに育てる方法である。もし効率や早急な成果を求めるなら、水を与え肥料を与え、甲斐甲斐しく育てるのが通常だ。だから、真夏の日照りに出くわすとどうしても「水をあげなきゃ」と思ってしまう。だが、それでも我慢してほったらかさなくてはいけない。小野氏はこの農業を通じて、いかに自分が「待てない」かを悟ったそうだ。現代社会では普遍的な「もっと早くもっと多く」の価値観に背中を押されてしまっていると。
しかし、日照りの中でも信じて待つことで雨が降った。まさに恵みの雨、小野氏はこのときほど雨に感謝したことはなかったという。植物は人間が水を与えると自分で広く太く根を張らなくなってしまう、それは自分で成長する機会を奪うことだ、と小野氏は指摘する。これまでどれほど他人を都合よく管理して成長させようとしていたか、そのことを農業が教えてくれたのだ。
吉原氏は豆類を例に出す。豆類は空気中の窒素を捕まえ、土壌にもたらす。窒素固定ができる土中の微生物と共生しているからだ。しかし、肥料をやりすぎると微生物が働かなくてよい環境が生まれる。肥料が微生物の役割を奪うのだ。だから、肥料をやるより、その場にあるものを活かせばよりよいものが生まれる可能性を信じなくてはならないという。
この農業の例え話から考えると、今すぐ組織をフラット型にできなくても、それに近しい形では実現しうることに気がつく。すなわち、上司は部下を信じて待つべきなのだ。そしてまた、経営者であれば従業員を信じること。それは当たり前かもしれないが、口で言うよりは信じきれていない経営者が多いという。他人を管理しようとすることは、自分の不安を解消するために他ならない。水を与えなかったら植物が死んでしまうという過剰な関与が人間関係にも存在している。ファシリテーションとは水を与えることではなく、雨が降るのを信じて待つことである。
いかに自分の問いを持つか
では、取り組む側にとっては何が大切なのか。小野氏は高校生を相手に授業を行った経験から、多くの人が正解ばかりを求めていることを強調する。学校教育では長年、生徒は正解を答えて褒めてもらってきたのだと。しかし、大事なのは問いのほうだ。これは仮説検証の重要性を知る人なら納得できるのではないだろうか。
ティール組織のような新しい形の組織で生きていくには、誰かから命じられる業務をこなしているだけでは立ち行かない。そこでは自分がどんな問いを持って思考し行動しているかがすべてを左右する。つまり、いかに自分の問い──パーパスを持ち仮説検証をしていくかがこれからの時代で生き残っていくために必要なのだ。
吉原氏はパーパスを見つけるために、まずは日常の経験を振り返ってみることを勧める。1日のうち、1つ嫌なことがあったら翌日もそれに引っ張られてしまうが、小さくてもいいのでよかったこと、うまくいったこと、感謝したことを書き出してまとめ続ける。それらはまさしく活きた経験である。その経験から、自分が何を大事にしたいのかが見えてくる。これが価値観である。この作業を繰り返すことで、大事にしたいことがたくさんあることに気づく。
そうしてあるとき、大事にしたいことが1つの言葉に収斂していくという。それが、その時点で自分が実現したいと願っているパーパスだ。そしてまた、そのパーパスも新しい経験によって変わっていき、また別のパーパスが生まれてくる。大事にしたいことをどのように実現していくかという問いも生まれてくる。
小野氏も、自分が毎日感じていることを言語化し、大事にしたいことをなぜそうしたいのかをルーツ(原体験)から振り返ることの重要性を説く。それを整理し、一般化し具体化するための考え方の型として、様々な思考法が有効だという。そのための思考法を図鑑形式でまとめたのが『思考法図鑑』となる。
まとめとして、小野氏と吉原氏は今の組織をティール組織にするための道筋を示してくれた。ティール組織の実現には、間違いなく個々人が意思決定できる環境を作る必要がある。現状、それを阻害しているのは何なのか。
それには目に見える問題と目に見えない問題がある。目に見える問題とは、スキルが足りない、情報がない、権限がないといった事柄。目に見えない問題とは、仕事にやりがいがない、上司・部下との関係が悪い、会社が嫌いといった事柄。それらを解消する仕組み作りに取り組まなければならない。そうした事例を集めたのが吉原氏の『実務でつかむ!ティール組織』である。
どのように個々人が意思決定するための障害を取り除いていくか。そもそも障害とは何なのか。そうした新しい課題について知り、解決への糸口を掴めるトークセッションとなった。