大企業の中でスタートアップが難しい理由
NTTドコモ・ベンチャーズは、NTTグループからの資金による戦略投資、ドコモの資金による純粋投資との両方で展開しているという。NTTグループの投資というと潤沢な資金を武器に、長期的で事業提携を目的にしている印象があるが、株式公開(IPO)や、買収(M&A)などのイグジット(Exit)によるリターンを追求するという点では、通常のベンチャーキャピタルと同じである。ベンチャー企業を支援するドコモ・イノベーションビレッジでというプログラムをおこなっており、なかでも栄藤氏が力を入れているのが、シード期からアーリー段階での立ち上げを促進する「39works」というプロジェクトである。シリコンバレーで有名な、Yコンビネーターや500 Startupsのような、投資と育成の両方をおこなうアクセラレーターを参考にしている。 めざすあり方としては、トップダウン的にテーマを絞って興味分野でネタを作るという意味で、Tandem CapitalやRocket Internetに近いという。
栄藤氏のプロジェクト自体が巨大なNTTグループの中ではベンチャーである。それゆえ「大企業の中で新規事業が難しい理由」について、自分たちの経験を重ねあわせて考えることができると栄藤氏は言う。またNTTグループの中で、独立して事業をおこなう背景を、マッキンゼーの金賞を受賞した「アンバンドリング:大企業が解体されるとき」という論文を引き合いに出して語った。
アンバンドリングによると、企業組織の強みは、1)膨大な投資が必要で範囲の経済を追求するカスタマーリレーション、2)固定費が大きく規模の経済を追求するインフラ管理、3)規模ではなくスピードを追求するイノベーション、の3つに分類されます。 上記3つをひとつの企業で兼ね備えるのは難しく、アンバンドル(分割)して別々の会社でやるべきです。
NTTドコモ・ベンチャーズ自体がスタートアップを支援するとともに、自分たちもNTTドコモの擬似的なスタートアップ企業なのだと栄藤氏は語る。
大企業ではイノベーションは難しいのです。事業を起こせと指令を受けたエリートよりは、ずっとわけの分からないことを言い続けている、夢に取り憑かれたような奴の方が成功します。ソニーのプレステを作ったような人です。それと、“イノベーションの核にあるアイデアは外にある”ということ。でもそれを中に取り入れていくことが難しい。もうひとつは、“合理的な解はそもそも合理的な解にならないのに合理性を追求する”ということ。すぐに“リスクは無いのか?”と問われる。リスクあるって言ってるのに(笑) どこにもリスクが仮定されていないプロジェクトなんて成功しません。そもそもどこかに仮説を置きますよね。製品仮説、顧客仮説、成長仮説とか。
大企業でのイノベーションは困難だ。しかし、米国の大企業は買収によって外部のイノベーションを取り込んできたいう。
買収によるイノベーションで代表的なのはIBMです。彼らは“ブルー・ウォッシング”といって、買収した会社を迅速に統合し、染め上げていくのです。グーグルのYoutubeもAndroidもアップルのSiriも買収ですね。日本の企業はまだまだ買収が下手です。米国では買収した時は、経理や営業などのかぶる人員を削減したり、Fire To Hireといって、新しい人を雇うためにレイオフしたりしますが、日本の文化だと難しいという面があります。
したがって日本では、企業内から変えていく人材を育成する企業内起業が大事なのだと栄藤氏は言う。
理想のチームは、「ハスラー、ハッカー、デザイナー」
スタートアップのためには、ハスラー、ハッカー、デザイナーの3人組が理想だと言われます。ベンチャーというのは、バンドと一緒です。われわれはそのバンド結成の手伝いからやります。その意味では芸能プロダクションと同じです。
優れたアイデアを持つハスラー、優秀な技術力を持ったハッカー、デザイナーが会社や組織の壁を超えてつながる場として、39worksを展開しているが、課題は、明らかに人材不足であることだという。
エンジニアという意味では、最近ではネットワーク層からアプリケーションまですべてのレイヤーがわかる“フルスタックエンジニア”が重宝されていますが、そういう人はなかなかいません。またデザイナーも、絵が描けるだけではなく、サービスの価値を提供しメニューを設計できる人ですが、これも日本にはいない。UIデザイナーはいてもUXデザイナーがいないのです。仮にいたとしても、そういう人は群れないのでどこにいるかわからない。気合だけで、営業できないCEOとか、コードは書けるが実は技術がわかっていないCTOとか、ギラギラ感のない淡白なデザイナーが多いんです。そういう人たちでも、投資のノルマのあるVCからお金が入ったりします。まあこれは自虐ネタですけど(笑)。
大企業サービスに“皮”をかぶせるクラウドAPI
栄藤氏が、日本のスタートアップへのヒントとして提唱しているのが「クラウドAPIスタートアップ」というコンセプトだ。
スタートアップ企業にはアセットがありません。大きな会社はデータというアセットを持っています。でもたいがいの大企業のサービスはイケてない。たとえば、大きな銀行のサイトは気が利いていない。ここにシンプルなUIを提供したSimpleという銀行の例があります。いわば銀行のMVNOのようなものですね。 大企業や組織の提供するサービスは使いにくいのです。ここをもっともっとスタートアップがやれば良いのです。たとえば市役所とか、公共サービスのUIってひどいですよね。そういうイケてない大企業や組織のサービスに、“皮をかぶせる”のがクラウドAPIです。
クラウドAPIを用いて電話機能、決済などのユーザー側の機能を提供するなどのサービスが一例だ。大企業と提携しそのデータを活用するAPIを提供する優れたベンチャーが登場してきている。 Web決済のStripe、発送や出荷情報通知のeasypostなどの企業だ。日本のベンチャーには、まだまだ自分たち独自でやるという発想が多いが、大手の企業などと組んでサービスを開拓していく戦略も有効だと栄藤氏は語った。