リサーチは「関係性」や「目的」のメタ認知が鍵
太刀川 英輔氏(NOSIGNER代表/JIDA:日本インダストリアルデザイン協会 理事長/デザインストラテジスト/慶應義塾大学 特別招聘准教授、以下敬称略):『リサーチ・ドリブン・イノベーション』を読んで共感した点をひとつ挙げると、「STEP1:問いを立てる」の章にあるビールの図です。
小田 裕和氏(株式会社MIMIGURI マネージャー/デザインリサーチャー、以下敬称略):あれは、単に安斎(勇樹氏)がビールを好きだからという背景もあります(笑)。
太刀川:いや、これは非常に良い図ですよ。ビールというものを考えるときに「ビール」という具体的なカテゴリに閉じず、周辺の関連領域まで広く捉えてみる。そうすると、集う、安らぐ、囲む……みたいな目的や関係性を見出す形で、ビールの「メタ認知」ができるわけですよね。『進化思考』で言えば、「これは筋肉だ」と解剖学的に理解するだけでなく、「それって何のために?」と解剖生理学的に考えるということです。このビールが受け入れられるとき、安らいだり、囲んだり、楽しんだり、飲んだり、食べたり……という状況に「適応」しているんだ、というように考えることが重要です。
紺野登先生の提唱する「目的工学[1]」において、小目的、中目的、大目的と目的をメタ化するのとも似ているかもしれません。そのようにして問いの本質に迫りながら、「What」のレイヤーから「Why」のレイヤーに段階を上げていく感覚が根本的に重要なんです。
小田:そういう意味で面白い事例があって、大塚製薬のウェブサイトにポカリスエットの開発秘話[2]が載っているんです。
これは、開発担当者がメキシコでお腹を壊して入院したときに「体内の水分と栄養が失われているから補給するように」と医者から炭酸飲料を渡されたこと、医者が栄養補給に点滴液を飲むのを見たことから発想したんだそうです。そこから「汗をかいて失われた成分を手軽に補給できる飲み物」としてポカリスエットが開発されたのですが、最初は「味が良くない」と全く受け入れられなかった。だけど開発者は、「この味が問題なのではない。汗をかいた後に美味しいと感じてもらうことが重要なんだ」と考え、スポーツの現場でどんどんサンプリング(試飲)をしたらしいんです。最終的には3,000万本を配り、汗をかいた人に「美味しい」と認められていくことによってヒットにつながったんですね。
要は、自分が作っている飲み物をそれ自体の美味しさという狭いスコープで見るのではなく、状況の中でどう関係づけられていくのかに目を向けて、その関係性を実証するようなサンプリングをしたというわけです。
[1]紺野登/目的工学研究所『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか』(ダイヤモンド社 2013年3月29日)
[2]大塚製薬 「ポカリスエット誕生秘話」(ポカリスエット公式サイト)