平安保険の経済圏モデルと成功要因
1988年に中国深圳で創業した平安保険は、優れたUXづくりで一目置かれており、中国でUXやCX(カスタマー・エクスペリエンス)について語る際には欠かせない企業です。保険ビジネスにとどまらず銀行や投資ビジネスも手がけ、金融業界全体に大きな存在感を示しており、この30年間で最も成長している金融機関とも言われています。
平安保険の強いビジネスは生命保険ですが、そもそも生命保険の顧客接点は少ないものです。場合によっては、契約後の次の接点が顧客の死亡時となるケースさえあります。そこで平安保険は「さらに顧客接点を作るにはどうすれば良いか」「モバイルやIoTが発展していく中で、顧客接点をもっと高頻度にするにはどうすれば良いか」を考え抜いて大きく手を打った結果、2017年には時価総額が倍に、2019年には前年比で純利益39%増となるなど、飛躍的に発展しました。
平安保険がこのような目覚ましい成長を遂げることができた要因は次の3つと考えられます。
- デジタルサービスでの接点確保による、日常生活から金融へ導くジャーニーの実現
- ワンアカウントとポイントシステムによる全サービス統合管理システムの実現
- 顧客体験ベースの組織・業務構築によるプロダクト・UXの高速改善サイクルの実現
1つずつ解説していきます。
デジタルサービスでの接点確保による、日常生活から金融へ導くジャーニーの実現
平安保険の成功要因1つ目は、まずコアの金融サービスを磨きつつ、そのコアをとりまく周辺サービスを拡大したことです。2013年から5つの生活領域(医療・飲食・住居・移動・娯楽)にデジタルサービスで進出することで、顧客との接点を確保。日常生活から金融サービスへ導くジャーニーを実現しました。
中でも象徴的な成功事例が、2014年にローンチした医療プラットフォーム「平安好医生(ピンアン グッドドクター)」です。 中国では10年ほど前まで医療品質の差が激しく、下手な町医者に行くとボッタクリに遭ったり、質の良い病院に行こうにも待ち時間が4日後だったりといったことが当たり前でした。グッドドクターはこのような中国医療における社会課題を劇的に解決したことで、アプリユーザーは3億人以上、MAUも7~8千万人と、非常に多くの人が使うサービスとなりました。
グッドドクターアプリは、基本的にすべて無料で使えます。「3.歩くだけで貯まるポイントシステム」(上図参照)に至っては、顧客にひたすらお金を差し上げているような状況です。マーケティング投資だと割り切ることは可能かもしれませんが、とはいえ大赤字になりかねません。
ではなぜこんなことをしているのかというと、平安保険はこれを営業ツールとして使っています。
平安保険は保険の営業をかける際、あまり押し売りはしません。保険のセールストークをする代わりに「今は保険加入のタイミングじゃないかもしれませんね」と言いながら「ちょっと話は変わるのですが、最近こういうアプリを作りまして(グッドドクターアプリを見せる)。すごく便利なのでぜひ使ってみてください。使い方はですね……」と話を進めます。そして営業マンは、お客様の目の前でダウンロードや登録をしてあげて、使い方を教えてから帰ります。当然お客様は「押し売りされなくてホッとした」「良いアプリ教えてくれたちょっと良い人」くらいの印象を持ちます。
そうして一度縁が切れますが、ポイントはここからです。
お客様情報はIDベースで見られるため、お客様がアプリ内の健康情報メディアでどんな病気に関する記事をどれくらい読んでいるか、どこの病院をいつ予約したかなど、平安保険はすべて見ることができます。営業マンはその行動データを基に、お客様と関係性を構築できる機会を探り、保険営業以外のアクションをとります。すると、特に営業をしなくてもお客様との縁が深まったり、信頼を獲得できたりします。結果的に、保険加入を本当に検討するタイミングでお客様から声をかけられやすい構造になるというわけです。