未知を既知に変える「学習マトリックス」
これから紹介する学習マトリックスでは、縦軸には対象ユーザーを置く。既に組織や業界で対象となっているユーザーを既知、まだ対象になったことがないユーザーを未知とする。横軸には、提供する製品や・サービスを置く。既に需要が確認されているものを既知、まだ需要が見込めないものを未知とする。マトリックス自体の理解を助ける例として、ウォークマンとWiiを取り上げたい。
ソニーのウォークマンは、従来のモノラルのテープレコーダーから録音機能を取り払い、再生専用のステレオ携帯機器として1979年に発売された。それまでは録音機能が付いていることが当たり前であり、社内や販売関係者からは「なぜ録音できないのか?」と反対の声が上がっていた。当時は、再生専用機は未知の製品だった。その後、ステレオヘッドホンは一気に普及し「移動しながら音楽を聞くユーザー」が爆発的に増えた。発売から10年で販売台数は累計5000万台を突破している。
発売当初、ウォークマン購入者は20歳代半ばであったが、やがて現在のように学生が通学時に当たり前のように利用するようになる。当時ソニーの会長であった盛田昭夫は「この製品は、1日中音楽を楽しんでいたい若者の願いを満たすものだ」と述べている。ウォークマンは、ユーザーは既知、製品は未知の状態から始まったアイデアと言える。
一方、ユーザーが未知の状態から始まったものもある。それは任天堂によるWiiだ。Wiiの開発コンセプトの1つは「母親に嫌われない」だった。従来のゲーム機は、起動すると音もうるさくスペースをとっていた。さらに母親にとっては「画面上で何が起こっているかわからない」「自分には関係ない」存在として、どちらかといえば嫌われている存在だった。
ユーザー対象として母親は未知だ。未知のユーザーからも好かれるゲームにするには、従来の発想の延長にある「より高度なグラフィック処理」といった技術的な改善は必要なかった。無線通信で直感的に操作できるコントローラーによって、母親のみならず、従来のコアユーザーも含めた家族全体で気軽に遊べる環境が作られた。
イノベーションを起こそうとした際に留意すべきは、既知の領域と未知の領域を区別し、どうすれば未知が既知に変わるかを考え実践することになる。新しい知識が蓄積されることで、不確実性は減っていく。仮に、あるユーザーや製品が業界内では未知の領域にあったとしよう。その場合でも、低コストで領域を狭めて学習を重ねることで、自らの組織では既知に近いものとして事業推進が可能となる。