人的資本経営の現在地
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
経済産業省がこのように定義する[1]人的資本経営。最近では多くの上場企業が目標や進捗を公開するようになってきたこともあり、より広く認知されるようになってきました。
また、2022年に発足した人的資本経営コンソーシアムの設立趣意書にも「『人への投資』に積極的な日本企業に世界中から資金が集まり、次なる成長へとつながることを期待します」[2]とあるように、中長期の経営戦略を描き、それに沿った事業戦略を実行していくための人材への投資が求められています。
実際に、多くの企業がパーパスや中長期経営戦略の作成や育成(リスキル)、異動(リソースアロケーション)などの社内向けの施策と、採用やM&Aなどの社外向けの施策を組み合わせて人的資本経営を実践するフェーズに入っています。
人的資本経営に関連する施策が積み足される中、忙しさに拍車がかかっているのが、多くの企業で社内向けの施策を担っている人事部門です。一部には、経営管理部門と人事部門の連携が不十分なため、施策の効果検証や見直しがされないまま施策の推進自体が目的化しているケースもあります。
今後、施策の質を上げていくためには、施策ごとの投資対効果を見える化し、経営と人事の連携を強化していく必要があります。
徹底した“数値化”が経営と人事の連動性を上げる
施策効果を財務指標で見られるようにできれば、経営視点で施策の費用対効果を測定し、改善していくことができます。つまり、経営と人事を連動させるためには、財務指標で人事施策の効果測定することが必要なのです。
たとえば、社内業務のDXを推進するためにエクセル研修を行った場合、業務効率化によってどれだけのコストが削減される想定なのか、費用対効果を算出することは比較的容易にできます。
一方で、リーダーシップ研修のような抽象度が高いテーマの場合、費用対効果を算出することは難しく、財務的なリターンは示しづらいといえます。ただ、抽象度の高いテーマだからといって、数値化できないわけではありません。
たとえば、新規事業を立ち上げるために事業をリードする人材を採用する場合、コスト・工数・リードタイムを考慮してそれらを金額換算することはできます。また、同じポジションの人材を社内から育成・登用する場合の研修費や育成工数も算出できます。双方のコストを天秤にかければどちらの手段を取るべきか合理的に判断できます(この事例は簡略化していますが、実際には歩留まりも考慮する必要があります)。
仮に、社内から育成・登用する方針を採り、リーダーシップ研修を行うことに決めたとします。何も指標がないと、受講者を闇雲に増やしがちです。ただ、今回は採用した場合のコストが算出されているため、そのコストを予算の上限として研修内容と受講人数を決めていくことになります。上限があるだけで意識が異なるわけです。
さらに、仮に当該ポジションに登用できなかったとしても効果を享受できるよう、既にリーダーシップを発揮するポジションに就いている人材から厳選することで、施策の費用対効果を上げていくこともできます。
このように、財務指標で費用対効果を測ることで、経営と人事の共通言語ができ、同じ土壌で議論し、合理的に施策を洗練させていくことができるのです。
[1] 経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」