経営・マネジメントにおける矛盾を乗りこなすための新概念「パラドキシカル・リーダーシップ」とは
舘野泰一氏(以下、舘野氏)の専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジションであり、これまでに様々な組織変革をリサーチしてきた経歴を持つ。舘野氏によると、経営の不確実性がますます高まる現代において、求められるリーダーシップのあり方も大きく変わっているという。
経営リーダーは「短期業績の達成か、中長期目線での仕込みか」や「既存事業の強化か、新規事業への投資か」などのパラドックス(矛盾する)構造にある決断を、常に迫られる。どちらの選択肢も単独で見れば「正しい」が、両方とも実現するには大きな困難が伴う。
これらの矛盾をうまく乗りこなし、困難を超えていくための新しいリーダーシップとして「パラドキシカル・リーダーシップ」という概念が海外で注目されつつある。
これまでのリーダーシップにおいては、矛盾は悪とされ、難しい選択も即断即決すべきというのが通念であった。
しかし、新概念である「パラドキシカル・リーダーシップ(矛盾を受容するリーダーシップ)」においては、矛盾と出会った時に、すぐに「AかBか?どちらかに決める」のではなく、この矛盾をまずは受け止め、その中にとどまりながら「AとBが両立する策を考えるべき」とされる。近年社会に広まりつつある「ネガティブ・ケイパビリティ(性急に証明や理由を求めずに不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力)」とも通ずる考え方だ。
これらの新概念を土台に「実践的な組織変革」に迫っていく。
組織変革を実現するには「ヒトと組織の感情パラドックス」を蔑ろにしてはいけない
ここまで述べてきた悩ましい矛盾の背景には、人と組織の感情パラドックスが存在するというのが、舘野・安斎両氏が提起する独自の課題設定だ。
外的な矛盾(上図の「ジレンマ」)の解決に向き合うことを妨げる最大の要因は、ヒトの感情の中にある矛盾(上図の「感情パラドックス」)に、本人が気付けなかったり、気付いているけれども蔑ろにしてしまったり、さらにいえば、受け入れられずになかったことしてしまうことにあるという。
では、感情パラドックスとはなにか。
感情パラドックスとは、問題の背後に矛盾する「感情A」と「感情B」が存在し、どちらかの感情を優先すると、自身も周囲も納得できる答えが出せなくなる状態を表す。「権限委譲をしたいが(実は)自分なしで仕事が円滑に進むことは困る」だったり、「新しいビジネスに挑戦したいが(実は)自分自身は変わりたくない」などが感情パラドックスの一例だ。
このようなヒトの「感情パラドックス」を蔑ろにせず、理解・受容した上で、丁寧に問題解決を図っていくことが、ヒトの集合体である組織の変革実現には欠かせない。