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オードリー・タンが語る新しい民主主義──対立から協創を生むためのプルラリティ思想に日本が学ぶべきこと

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 2025年10月7日に開催されたTech for Impact Summit 2025では、テクノロジーとソーシャルグッドの関係をめぐり、さまざまな視点から議論が交わされた。なかでも注目を集めたのが、「テクノロジーはいかにして民主主義を癒しうるのか」をテーマにした対話である。ポッドキャスト『Humans』の公開収録として行われた本セッションには、台湾の元デジタル担当大臣で現サイバー大使のオードリー・タン氏が登壇。このセッションの聞き手を務めたのは、Socious創業者でありサミット発起人の尹世羅(ユン・セラ)氏である。二人の対話から、テクノロジーがもたらす協創の力と、民主主義を再生させる新たな可能性が浮かび上がった。

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オードリー・タンが語る、プルラリティ思想の原点

 「プルラリティ(多元性)」の理念のもと、民主主義の可能性を拡張するオードリー・タン氏。その思想の根底には、幼少期の過酷な経験と深い自己理解がある。

 対話はタン氏の原体験から始まった。厳しい環境と重い心臓病により安らぎの場がなく、生き延びる過程で「8歳にして心は80歳だった」と語るほど精神的に早熟した。

 感情の起伏が命に関わるため、気功や呼吸法で感情制御を身につけた。子ども本来の「全力で感じる自由」を手放した経験は、人生に深い影響を残す。封印された感情を安全に取り戻せる唯一の空間が睡眠中の「夢」であり、今も毎晩8時間の睡眠を欠かさない。

 夢の中では、未来を「予行演習」することもあるという。今回の対話も夢でリハーサルしたと語る。ホストのセイラ・ユン氏が、タン氏の発言をAIに学習させて質問を準備したことを明かすと、タン氏は微笑んだ。

「私は夢の中で、セイラさんは目覚めたまま、同じように『練習』をしていたのです」

(左)尹 世羅(ユン・セラ)氏/(右)オードリー・タン氏
(左)尹世羅(ユン・セラ)氏/(右)オードリー・タン氏

感情を全力で感じる自由を手放してわかった、「未完成のまま出す勇気」

 「人生で初めて本当に理解されたと感じた瞬間」を問われ、タン氏は4歳の記憶を語った。医師から「手術まで生き延びられる確率は50%」と告げられ、言葉にならない不安が初めて形を持った。「50%」という数字は、自らの存在を確率として受け入れる契機となった。

 この経験から、タン氏は「人が本当に理解し合うために必要なのは『脆さ』だ」と語る。医師の示した確率は、彼女の脆さを可視化した。デジタル社会では他者の脆さが見えにくく、無意識に傷つけがちであり、「他者の脆さへの感受性」がより重要になると強調した。

 逆に「はじめて信頼が壊れた瞬間」を問われると、幼少時の診断の経験を挙げた。

 4歳で「生存確率50%」と告げられ死と向き合った時、両親が生まれる前から病気を知っていたと知り、「苦しむ未来を知りながら自分を産んだ」事実を、当時は「裏切り」として受け止めた。

 この傷を癒したのが「記録する」行為だった。学びや気づきを残す習慣は、媒体が変わっても続いた。タン氏はこれを「Publish before I perish(朽ちる前に公開せよ)」と呼び、毎晩眠る前に思考を書き出す。

「もし朝、目を覚まさなくても、自分の思考は記録され、誰かに受け継がれる。AIが読み込み、別のかたちで生き続けるかもしれない」

 タン氏にとって記録と共有は、癒しのプロセスであり、限られた命を意味ある時間へ変える術だ。さらに「記録は未完成のまま公開する」と語る。毎晩のメモも完璧に仕上げない。途中の状態でも公開し、他者との対話に価値を見いだす。

「完成したものを出すと、『素晴らしいですね』で終わる。でも、半分のまま出せば、『ここは違う』『こうしてみては』という反応が返ってくる。そのやり取りで、より完成に近づいていく」

 「未完成のまま出す勇気」が、新たな信頼と協働を育む。この哲学は、組織変革にも通じる。

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対立から共創へ──少数派を尊重し、多数派に問うプラットフォーム

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雨宮 進(アメミヤ ススム)

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