生成AIでスキルがリセットされる時代
イベントの冒頭、Unipos 代表取締役会長である田中弦氏は、自身が会長職に就任し、新たな経営体制で挑む同社の変化について触れた。田中氏は、Uniposのサービス開始から約8年が経過し、人的資本経営への注目が高まる中で、今回のイベントが同社にとっても大きな節目であることを強調した。
2017年に「Unipos」を立ち上げ、2021年にUnipos株式会社へ商号変更。2024年に代表取締役会長に就任。著書に『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』『人的資本経営大全』などがある。
対談のゲストとして登壇した圓窓 代表取締役の澤円氏は、自身のキャリアを振り返りながら、現在の生成AIブームを1995年のインターネット普及期と重ね合わせて説明した。
元日本マイクロソフト業務執行役員。2020年に独立し、株式会社圓窓の代表取締役に就任。ITコンサルティングや人材育成、講演活動を精力的に行う。著書に『「疑う」からはじめる。』『メタ思考』など多数。
澤氏は、1993年に文系出身ながらプログラマーとしてキャリアをスタートさせた当初、全く仕事ができずに苦悩した経験を明かした。しかし、1995年にインターネットが登場したことで状況が一変したと語る。
インターネットという未知の技術の前では、ベテランも新人も関係なく「全世界が初心者」という状態にリセットされたからである。澤氏は当時、高額なパソコンをローンで購入し、誰よりも早くインターネットに触れることで「先行者特権」を得たと振り返った。そして現在、生成AIの登場によって、インターネット黎明期(れいめいき)と同様の「第2のリセット」が起きていると指摘した。
プログラミングは「スキル」から「教養」へ変化した
議論は、AI技術の進化が個人のスキルに与える影響へと進んだ。田中氏は最近の自身の体験として、Pythonの学習に取り組んだエピソードを紹介した。Udemyのセールを利用してPythonを学び、Yahoo!ファイナンスからデータを取得するプログラムの概要を理解しようと試みた田中氏だったが、その直後にAIエージェント「Manus」の存在を知ることになる。
田中氏は、Manusに対して自然言語で指示を出すだけで、AIが自動的にプログラムを生成し、複数の情報ソースからデータを収集・統合してレポートやグラフまで作成してしまう様子を目の当たりにした。「私のPythonを学んだ時間は何だったのだろうか」と衝撃を受けた田中氏は、コンサルティングやリサーチといった業務が、専門のアナリストがいなくてもAIとの対話だけで完結してしまう未来を予感したと語った。
この田中氏の体験に対し、澤氏はプログラミングの位置付けが根本的に変化したと分析した。かつてプログラミングは、身につければ金銭的な価値を生む「スキル」であったが、現在は「教養」に変わったと澤氏は断言する。これは、そろばんが実務的な計算手段から趣味や嗜好(しこう)の世界に移り変わり、実務では電卓が使われるようになった経緯と似ている。
澤氏は、プログラミングを学ぶこと自体が無駄になったわけではないと補足した上で、それが「どのような仕組みで動いているか」を知るためのベースとしての教養的価値を持つようになったと説明した。その上で、何のために学ぶのかという目的定義を誤ると、徒労に終わる可能性があると警鐘を鳴らした。AIがコードを書き、資料作成まで行う時代において、人間の役割は技術そのものの習得から、技術をどう活用するかという視座へとシフトしているのである。
