加速するディープテック投資。社会課題解決の切り札か
気候変動、エネルギー不足、難治性疾患。こうした複雑な社会課題に対し、大学や研究機関が生み出す科学的発見や革新技術を基盤とした「ディープテック(DeepTech)」は、有力な解決策として期待されています。
事実、2015年から2024年の10年間で、グローバルにおけるディープテック投資は21.5倍に急拡大しました。また、国連関連組織などの試算によれば、エネルギー、食料、都市インフラ、健康福祉といった主要経済システムの刷新に関連して、2030年までに年間約12兆ドル(約1,300兆円)の巨大な市場機会が創出されると予測されています。ディープテックは、この物理的制約を伴う産業構造の転換を担う中核技術として位置づけられています。
Boston Consulting Group「Deep Tech Claims a 20% Share of Venture Capital, Surging Two-Fold in the Past Decade」
HolonIQ「1,100+ Climate Tech VC Deals in 2021 across 50 categories」
Crunchbase「Startup Funding Regained Its Footing In 2024 As AI Became The Star Of The Show」
Bryce Tech「Start-up Space Update on Investment in Commercial Space Ventures」
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しかし、そのポテンシャルの一方で、研究室の技術が実用化に至るまでには、長い歳月と多額の資金、そして組織間の慣習の差という多重の「壁」が存在します。
今回は、筆者たちが年間300件以上のディープテック案件に伴走して見えてきた知見を基に、事業化を阻む構造的課題を以下の4つの視点から整理します。
- ポテンシャルはあるが遠い
- 技術シーズと市場の“ミスマッチ”
- 大学・研究者が抱える現実
- 共創型アプローチの進化
1.ポテンシャルはあるが遠い:時間軸とコストの乖離
消費財ビジネスでは市場投入までの平均期間がおよそ13ヵ月と言われるのに対し、ディープテックの代表例である量子技術や核融合、合成生物学などは、研究段階から社会実装まで10年以上を要することも珍しくありません。たとえば量子センサーは平均12〜15年、次世代蓄電池材料は15年以上の開発期間が必要とされています。
この「時間軸の長さ」は、投資の出口戦略(エグジット)に直撃します。実際、革新的な細胞スクリーニング技術を持つオンチップ・バイオテクノロジーズの事例では、市場に適合する技術開発の長期化によりディープテック系ファンドの組合期間が満了。最終的には既存株主からの株式譲渡という形で、未上場企業の既存株主が保有する株式を、第三者に譲渡するセカンダリー取引を行い、筆者がセカンダリー引受けを支援したケースもあります。良い技術であるという前提の上で、市場への適合の親和時間にはギャップがあることを示す事例と考えております。
加えて、必要投資の桁も一段違います。半導体のクリーンルームや病原体を扱うBSL-3(P3)ラボの整備には、数十億〜数百億円規模の先行投資が不可欠です。こうした“長期化×巨額化”は一般的な企業経営の計画期間と乖離し、技術が成熟する前に市場・規制環境が変化するリスクを増幅します。もはや単独企業で完結できる領域ではなく、産学連携を前提に、共有インフラ・長期志向の資本・技術と事業を橋渡しする人材を束ねる「エコシステム設計」を起点に据えることが不可欠です。
