本記事は『イノベーションが起きる組織 ヒト・モノ・ビジョンで断絶をつなぐ「媒介のデザイン」』(著:神谷 泰史)の「はじめに」および「第1章 1.1 イノベーションは「新結合」である」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
なぜ、あなたの組織でイノベーションは起きないのか
チームのアイデアが形にならないのは、あなたの能力不足ではありません。
こんな経験に、心当たりはないでしょうか。
DXツールを導入したのに、現場が使わない。デザイン思考のワークショップを開いても、翌週には元通りに戻る。新規事業はPoC(概念実証)を何度繰り返しても事業化までたどり着かず、チームは社内調整に消耗していく。上層部に現場のリアルを伝えても、実感のない話として受け流される。気づけば、また流行りのキーワードに振り回されるだけの日々が続く。
原因は明確です。組織に構造的に埋め込まれた「断絶」です。
現場には、世界を変えうる技術を持ったエンジニアがいる。顧客の声に真剣に耳を傾けるマーケターがいる。未来を構想する経営者のビジョンもある。それなのに、互いの言葉が通じないだけで、部門の壁があるだけで、あるいは適切な「翻訳」がなされないだけで、素晴らしいアイデアが日の目を見ることなく消えていく。足りないのは能力ではなく、これらをつなぐ手立てなのです。
技術と顧客のあいだ。管理と創造のあいだ。既存と新規のあいだ。経営と現場のあいだ。組織のあらゆるところに断絶が走り、イノベーションの脈を止めています。本書では、これらを4つの構造的な断絶として整理していきます。
少し想像してください。ここに一軒の家を建てるプロジェクトがあるとします。職人もいる。資材も揃っている。設計図もある。ところが、職人たちは目の前のタスクで手一杯で、他の職人と顔を合わせる余裕すらない。資材は現場の隅に積まれたまま出番を待っている。設計図は壁に貼られたきりで、誰も目もくれない。完成した家の姿は、もう誰の頭にもない。これでは家は建ちません。個々の要素がどれほど優れていても、つながって働かなければ形にはならないのです。
現在の多くの組織で起きているのは、まさにこの状況です。部門の壁、使いにくいツール、形骸化した理念。本書がお渡しするのは、出来合いの正解ではありません。そのような組織のあちこちに潜むこうした「断絶」を、あなた自身が見極め、橋を架けられるようになるためのものの見方です。
「断絶」は一社だけの問題ではない──越境の旅で見つけたもの
私がこの本を書くきっかけとなったのは、以前勤めていた企業のR&D部門にいた頃の経験です。自分たちが開発した技術を新しい事業の種として育てようとしたとき、部門と部門のあいだに見えない壁が立ちはだかりました。詳しくは後述しますが、この壁の正体こそが、本書で「断絶」と呼ぶものです。
私はその後、事業会社のデザイン組織や外資系のデザインファーム、さらにはデンマークのデザインスクール(CIID= Copenhagen Institute of Interaction Design 現在はイタリア・ベルガモへ移転)と場を移しながら、イノベーションに取り組む企業を内外から見てきました。その中で、この断絶が一社だけの問題ではないことを知りました。どの現場にも欠けていたのは、異なる立場の人々が同じものを見て、同じ未来を語るための媒介の手段でした。
各章で紹介する実践事例の多くは、この越境の旅の中で生まれました。本書の中心に置く1つの方程式も、それぞれの現場で断絶に直面し、試行錯誤を重ねる中で結晶化したものです。
本書は、組織の断絶を越えて「新しい何かを形にしたい」と願う実践者に向けて書きました。中心に想定しているのはミドルマネージャーや新規事業の推進者、イノベーション推進リーダー、部門横断プロジェクトのリード役。ただし、役職や肩書きは問いません。指示を受けて動くだけでなく、自ら断絶に橋を架けようとしているすべての方が対象です。
断絶さえつなぐことができれば、私たちの組織はもっと強くなれる。本書に記したのは、私が現場で汗をかき、失敗しながら見つけ出した実践知です。
新規事業に「売上100億円」を求める組織の物差し
R&D部門での経験をもう少し詳しくお話しします。自分たちの技術を活かした新規事業の企画をまとめ、事業部門に提案しようとしたときのことです。結果として、全く取り合ってもらえませんでした。正確に言えば、提案する機会すら得られませんでした。R&Dと事業部のあいだには、同じ会社でありながら深い溝があったのです。同じ日本語を使っているはずなのに、互いの言葉がまるで通じない状況がありました。
溝は、R&Dと事業部のあいだだけではありませんでした。品質保証部との溝、営業部門との溝。組織のいたるところに、断絶が横たわっていました。
その後、新規事業部門の立ち上げに関わり、そこで驚いたことがあります。前例のない新しい事業を進めようとしているにもかかわらず、いざ決裁者への事業提案の段階になると、100億円の売上見込みが求められました。これは既存の成熟事業と同じ評価基準でした。まだ顧客もいない、市場があるかどうかもわからない事業に、既存事業と同じ物差しが当てられていたのです。後にさまざまな他社の新規事業担当者と情報交換をして知りましたが、これはどの会社でも普遍的に起きている構造的な問題でした。
もしかすると、あなたの組織にも、これと似た溝が走っているのではないでしょうか。この経験が、本書で「断絶」と呼ぶ構造的な問題の原点です。
ただし、この断絶を掘り下げる前に、1つ確かめておきたいことがあります。私たちが目指す「イノベーション」とは、そもそも何なのか、です。




