イノベーションの難所「ファジー・フロント・エンド」
しかし、言うは易く行うは難しです。
この「新結合」のプロセスには、通常のマネジメント手法が通用しない難所が存在します。それが、プロセスの最上流に位置する「ファジー・フロント・エンド(FFE= Fuzzy Front End)」と呼ばれる領域です[2]。
[2] Koen, P., Ajamian, G., Burkart, R., et al. (2001). Providing Clarity and A Common Language to the “Fuzzy Front End”. Research-Technology Management, 44(2), 46-55.
FFEとは、アイデアが正式なプロジェクトとして承認される前の、「カオスで、不確実で、曖昧な(Fuzzy)」期間を指します。何をつくるべきか、誰に届けるべきか、そもそも事業として成立するのかといった根本的な問いに対する答えがまだ見えていない段階です。
通常の業務プロセスでは、ゴールが明確であり、そこに向かって効率的に進むことが求められます。一方、FFEは霧の中を手探りで進むようなものです。そもそも何が課題なのか定義できず、技術的に実現可能かもわからず、市場が存在するかも不明です。
実は、この「わけのわからない状態」こそが、イノベーションの源泉です。輪郭のはっきりした課題なら、既存の延長線上で解けばよく、多くの場合すでに誰かが手をつけています。正解がまだ存在しない場所に、これまで出会うことのなかった要素同士を組み合わせる余地が残されているのです。だからこの曖昧さは、欠陥や停滞の兆候ではなく、イノベーションに挑むプロジェクトであれば必ず通る、固有の特徴です。
ところが、多くの企業はここでつまずきます。なぜなら、企業組織は本質的に「わけのわかる(明確な)こと」を効率的に処理するために設計されているからです。
私が本章冒頭で述べた「100億円」という基準も、まさにこの構造の表れでした。FFEの段階にある新規事業に、既存事業と同じ「わけのわかる」基準を適用する。組織は悪意を持って探索を排除しているのではなく、自らの設計原理に従って合理的な経営判断をしているにすぎません。
こうして、多くのアイデアは、本格的に動き出すよりも前の、この最上流の段階で静かに息絶えます。技術力や実行力が足りないからではありません。不確実なものを受け止める構えが組織にないからです。
FFEを乗り越えられるかどうかが、イノベーションの成否を分ける最初の関門です。




