「0→1」でも「天才のひらめき」でもない。イノベーションの正体
まず、「イノベーション」という言葉につきまとう最大の誤解を解くところから始めましょう。
多くの人が、イノベーションに2つの思い込みを重ねています。1つは、何もないところから全く新しいものを生み出す、いわゆる「0→1」だという思い込み。もう1つは、それができるのは一握りの天才だけだという思い込みです。しかし、どちらも正確ではありません。
たとえば、手紙をやり取りする郵便の仕組みとコンピュータネットワークが結合して「電子メール」が生まれたように、あるいはスマートフォンの位置情報技術と自家用車という遊休資産が結合して「Uber」のようなサービスが生まれたように、イノベーションとは「すでに存在しているが、これまで出会うことのなかった要素同士の新しい組み合わせ」です。ゼロから何かを生み出しているわけではありません。
この考え方には名前があります。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1912年に提唱した「新結合(Neue Kombinationen)」です[1]。文字どおり、「新しい(Neue)」+「結合(Kombinationen)」。経済の発展は、連続的な改善ではなく、非連続的な「新しい組み合わせ」によってもたらされる。シュンペーターはそう説きました。
[1] J.A.シュムペーター, 塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳 (1977).『経済発展の理論(上)(下)』岩波書店.
つまり、私たちに必要なのは、無から有を生む魔法の杖でも、天才のひらめきではありません。既存の経営資源や技術、顧客の課題といった「既存の知」を、これまでとは異なる文脈でつなぎ直す「編集」の能力です。
シュンペーターの5類型と、本書のテーマ
シュンペーターは、この新結合を5つの類型に分類しています(表1-1、注1)
注1 現代のイノベーション研究における国際的なガイドラインである「オスロ・マニュアル(Oslo Manual)」においても、イノベーションは「プロダクト」だけでなく「ビジネスプロセス(組織・マーケティングを含む)」を対象とすると明記されており、シュンペーターの慧眼が裏づけられている。
OECD/Eurostat (2018). Oslo Manual 2018: Guidelines for Collecting, Reporting and Using Data on Innovation, 4th Edition. OECD Publishing, Paris.
ここで気づいてほしいのは、5つの類型がどれも、成果(R)の現れ方を語っている点です。シュンペーターは、新結合がどのような形をとるのかを見事に描き出しました。けれども、同じ新結合でも、ある組織では実を結び、別の組織では芽も出ずに終わります。その差を生む「どんな土壌で(C)」「どのように(f)」という問いは、この5類型のどこにも見当たりません。
新しい技術を導入しても、それを扱う組織が古いままであれば、新結合は十分に機能しません。そして本書が探究するのは、この両方をつなぐ「どのように(f)」です。3つの媒体(M)を土壌(C)の中でいかに働かせるか。その問いこそが、本書全体を貫くテーマです。




