ビッグデータからのフィードバックは「全く新しいモノづくり」には役に立たない!
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
本連載の目標は、多彩な分野の第一人者の方々が語る「クリエイティブとイノベーション」について、私たちが媒介者となって交通整理し、複数のレイヤーを超えて体系化することです。今まで、ポジティブ心理学者のチクセントミハイ氏や日立製作所の矢野和男氏、IDEOのトム・ケリー氏、メタップスの佐藤航陽氏などにご登場いただきました。
今回は、マッキンゼーやヤフーで「ビッグデータ」「マーケティング」の最前線にいらして、他方、イェール大学で「脳神経科学」の博士号を取られたという、まったく異なる分野をブリッジされてこられた安宅さんに希有な存在として、ぜひ、お話をうかがいたかったんです。
安宅(ヤフー株式会社CSO:チーフストラテジーオフィサー):
光栄です。しかし、それは壮大な目標ですね(笑)。では、何からお話ししましょう。
佐宗:(biotope 代表取締役社長)
実は、今回安宅さんにお伺いするきっかけになったのは、日立製作所の矢野和男さんとの鼎談なんです。矢野さんは、センサーを使ってビッグデータを集め、それをチームの生産性やパフォーマンスといった人間の“ソフト”部分につなげる研究を多く手がけられています。「ビッグデータは重要な経営資源になる」と断言されていたのが印象的でした。
確かに、これから起こる急激な市場の変化に対しては、様々なデータを活用し、それを企業活動にフィードバッグをする、いわゆるフィードバックサイクルを作る必要があります。矢野さんからは、「フィードバックサイクルを社内でデザインし、可視化し、さらにそれを個々のメンバーに対して行える仕組みを作ると面白い」という指摘がありました。この辺り、安宅さんはどうお考えですか。
安宅:
確かに面白いと思います。実際、手に入るデータの拡大と技術的な進化で、データの分析とフィードバックサイクルは急激に速くなりました。ビッグデータがもたらした変化の肝は、データの全量性からくる情報のメッシュの細かさと、利活用におけるリアルタイム性です。かつて無いタイプのインサイトがビッグデータから得られる時代が来つつあることは間違いありません。
しかし、いわゆる「新しいモノづくり」の場面では、その“速さ”と”情報のメッシュの細かさ”から大きなインパクトはそう簡単に得られないのでは、と思っています。
というのも、デジタルではないリアルなモノづくりには相当の時間が必要で、頻繁に作り直すことができません。またどれほどメッシュの細かい情報を得たとしても、デジタルコンテンツや広告と異なってリアルな物体、商品は個別対応、カスタマイズすることができません。もっと深刻なのは、ものづくりに必要な消費についての立体的なインサイトをビッグデータで得ることは難しいことにあります。もちろん、市場の変化を察知して製品に反映させることは大切です。しかし、反映させたモノを作った後、当分はそれで勝負していくことになりますからね。
入山:
つまり、モノづくりには“速さ”よりも、「誰もが気づかないものが見えるか」「本当に求められているのか」という“洞察”や“深さ”の方が重要になる、ということですか。
安宅:
そうです。繰り返しになりますが、そもそもビッグデータを分析した結果から、新しいモノづくりについての“洞察”“深さ”を得ることは、並大抵ではありません。それよりも、まだまだ当面は、定性・定量調査からのインサイト、これを引き出すマーケターやストラテジストの知力、経験に負うところの方が断然大きいはずです。
フィードバックサイクルの速さが劇的に効果を与えるのは、「モノが作られた後」でしょうね。モノを売るためのマーケティングやプロモーションについては、その効果をクイックに測定して、フィードバックしてどんどん改善していけばいいわけですから。