チェスブロウの「オープンイノベーション理論」の背後にあった問題意識
講演の前半は、オープンイノベーションが提唱されるようになった背景についての議論が行われた。
一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は「イノベーションの本質は知識である」と言った。しかし知識がいくら積み重なっても、コラボレーションがなければイノベーションには結びつかないのではないか、というのが宇田川氏の主張だ。その証左として、ホンダの創業者 本田宗一郎に対する藤沢武夫のように、優れたイノベーターには必ず優れた相棒がいる。
相棒の存在は影に隠れがちだが、彼らはイノベーターのアイデアを市場が理解できるものに翻訳するという、重要な役割を担っている。つまり、コラボレーションがあって初めて、アイデアは意味のある形になるのだ。
宇田川氏はヘンリー・チェスブロウのオープンイノベーションとクローズド・イノベーションの図を示し、その理論の背後にあったであろう問題意識について語った。それは、チェスブロウの著書『OPEN INNOVATION』(産能大出版部)の前書きを書いたジョン・シーリー・ブラウンが所長を務めた、パロアルト研究所の状況に関するものだ。
イーサネットの発明やグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の研究開発など、当時のパロアルト研究所は現代の情報通信技術に多大な影響を与える功績を残している。しかし、優れた人材が様々なアイデアを生み出しても、ビジネスにならずに淘汰されるものも多かった。それはなぜか。宇田川氏はチェスブロウの「クローズド・イノベーション」モデルの中の矢印に注意を促した。
私が注目したのは、この「点線」です。意外に注目されることのないこの点線は、一体なんなのか。これは、組織がいろいろなアイデアを価値のあるものだと認めないで淘汰をしていく、その点線なんです。アイデアである●が線でつながっていないものは、この組織内で翻訳されていかないで、死んでいくのです。この問題をなんとかしたいという文脈で出てきたのが、オープンイノベーションの議論になっているわけです。