IBMはビジネスにデザインをどうインストールしてきたか
粗悪な商品をグッドデザインによって良くすることはできない。しかしグッドデザインによって、商品の可能性を最大限にすることができる。簡単にいってしまえば、良いデザインは良いビジネスになる。
(Good design is good business)
こう語ったのは、1956年にIBMのCEOに就任したワトソン・ジュニア氏だ。彼は、1911年にIBMを創業したトーマス・J・ワトソン・シニア氏の息子であり、デザインを重要な経営資源と捉えていた。
IBMは、2012年には375人しかいなかった社内のデザイナーを、現在では1600人まで増やしている。IBMがデザインに注力し始めたのはここ数年の動きのように思えるが、IBMデザインのDNAは1950年代から脈々と受け継がれている。
まず、IBMでデザイン部門を立ち上げたフィル・ギルバート氏が同社に参加するまでのIBMの歴史を、『IBMの思考とデザイン』を参照しながら振り返っていこう。
ワトソン・ジュニア氏が代表を務めていた1960年代は、IBMのブランドが世の中にまだ認知されていない時代であった。そのため、IBMのブランドを築くために、デザインは活用され、その戦略は「デザインプログラムの確立」と呼ばれた。
同書では、デザインプログラムを検討する中で、「ブランド、ロゴタイプ、印刷物、製品デザインから建築デザインまでを包含した総合的なデザイン戦略」を行った、と語られている。
次にIBMでデザインが注目を集めたのは、1990年代に入ってからだ。1991年に初の赤字を出し、1993年までに赤字額の累計が150億ドルまで膨れ上がったIBMを建て直すために、ルイス・ガートナー氏がCEOに就任する。
ガートナー氏は、「ネットワーク・コンピューティング」や「e-ビジネス」という新しいビジネス・コンセプトを打ち出し、IBMの変革を導いた。
その際に、IT製品だけではなく、サービスまでの全体設計を行う「ユーザーセンタード・デザイン(UCD)」の導入と、企業ブランドの再構築を実施。この頃から、ユーザーをデザインプロセスの中心に据える考え方がIBMに登場するようになる。
次のデザイン変革は、2002年にガートナー氏が退任し、新しくサム・バルサミーノ氏がCEOに就任した時期に訪れる。バルサミーノ氏は「オンデマンド・ビジネス」を提唱し、IT関連の製品やサービスのデザインだけではなく、ユーザーが体験することを統合的にデザインすることを目指した。製品中心の「モノ」のデザインから、ユーザーの体験という「コト」のデザインへの変化であった。