エスキュービズム薮崎社長と一橋大小野教授が語った「働き方改革でも長時間労働が減らない理由」

日本人の長時間労働や生産効率の低さが問題視され、今や官民そろって、「働き方改革」が提唱されている。一方で日本のアカデミズムからはこうした事態はどうみられているのか? 日本経済新聞の「やさしい経済学」に掲載された一橋大学の小野浩教授の「日本の長時間労働を考える」という連載は、人的資本や労働生産性といった経済学のフレームに、日本の社会の問題を加味して、論点を整理し話題を呼んだ。この記事にいち早く着目したベンチャー企業、エスキュービズムの薮崎社長が対談を申し込み、学者とベンチャー経営者との対話が実現した。

[公開日]

[著] 伊藤 真美

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「限界税率を上げれば、労働時間は減る」と説く経済学は正しいのか?

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 小野 浩
早稲田大学理工学部卒。野村総合研究所、研究員・コンサルタントを経て、シカゴ大学大学院社会学研究科博士課程修了、Ph.D取得。Stockholm School of Economics准教授、Texas A&M University准教授を経て現職。専攻分野は人事管理、組織論、国際経営、人的資本理論、幸福度、統計学。

薮崎:
小野先生が日経新聞に連載された「やさしい経済学」と論文「長時間労働の社会学的考察」を拝読しました。これまでの経済学や経営学の視点で語られてきた「長時間労働」について、日本型雇用の制度とその背景にある文化特質性が生み出した、という社会学的な考察をされていることに大変興味を持ちました。そもそもどうして、先生は社会学的なアプローチに着目されたのですか。

小野:
もともと私はシカゴ大学大学院で社会学を専攻しました。ただし大学院二年目にして経済学のゲーリー・ベッカー教授の人的資本理論に惹かれ,その後はベッカー教授に師事して、人的資本の研究を行ってきたという背景があります。つまり出自は社会学ですが、常に社会学と経済学の両方の視点から社会現象を見つめているわけです。その観点から「働き方」というものを見たとき、「働き方改革の中で時間管理について語られるものの多くが、経済学者の視点に限定されている」と感じたことが起点で、社会学的アプローチに向かったのです。経済学では、「労働者の報酬・評価制度や税制の変更により、働くインセンティブを操作できる」と考えます。インセンティブ理論は普遍的であり,そこではほとんど“コンテクスト”というものが考慮されません。特に日本は「暗黙の了解」などハイコンテクストな国であるため、欧米で研究された経済学をそのまま日本に持ち込んでも、合わない部分もかなり多いのです。

たとえば、米国のマクロ経済学のプレスコット教授などは、「欧米において、労働時間を決めるのは、税制の役割が大きい」と結論づけています。つまり、累進課税のカーブが急な欧州ほど、労働者は「働いても税に取られる」ため働くインセンティブが弱まり,その副作用として労働時間をセーブするというのです。ですから、限界税率を上げると労働時間は減り,米国が欧州並みに限界税率を上げると米国の労働時間は減ると予測します。しかし、コンテクストを考慮せずに日本に欧米の理論をそのまま導入しても決して期待した通りにはいかないでしょう。そこでミクロ面でインセンティブや人事管理など米国由来税制や報酬の施策を導入したりするのですが、それも効果を出してない。日本の働き方の“コンテクスト”を理解し、その上での取り組みが必要だと考えています。

薮崎:
なるほど、計算によって導き出す経済学のフレームだけでは不十分なため、社会学という視点からもアプローチをされているのですね。

小野:
実際に様々な現場の働き方を調べたり,人事担当者と話をして、論文にまとめました。その中で、時間を投じるほど組織への忠誠心を評価される「インプット主義」や、男は仕事に徹するべきとする「男女間分業」といったような社会学から見た日本独自の現象を考察しました。
 最近は成果主義に代表される「アウトプット主義」が注目されていますが,日本の働き方にはまだ「インプット主義」が根付いています。その理由は,「成果」をどうやって測るかがとても難しいからなのです。特に日本の働き方の場合職務内容があいまいなことが多い。様々な仕事が混在して、純粋に「成果」を測れる仕事が本当に少ない。年功序列から成果主義へとシフトしようとしてもなかなかうまくいかないのは、その成果そのものの測定方法が未だ確立していないことも関係していると思います。

薮崎:
おっしゃる通りですね。「働くことの質をどう向上させるか」と、「そもそも成果をどう評価するか」ということを明らかにすることは、非常に重要だと思います。
私は、12年前に1人で起業し、今では約150人規模の企業になっていますが、その過程で様々な人事制度を導入し、検証してきました。特に弊社は、ITと家電、中古車販売という異なる3つの事業を手掛けており、ソフトウエアエンジニアや営業、そして経理などの管理部だけでなく、家電の開発者や物流(ロジスティクス)、パートナー企業との関係を構築する部署など、様々な役割の人が働いています。仕事が多種多様な分、会社の人事の面でも大変です。

小野:
ベンチャー企業の社長の立場から、「働き方改革」をどのように見られていますか?

薮崎:
微妙です。働き方の前提がバラバラで、議論としてかみ合っていないなという印象です。
例えば、プレミアムフライデーやリモートワークなどが話題になりますが、プレミアムフライデーだからと言って、飲食店などは休むわけにはいかないでしょうし、バスの運転手や店員の人にとっては、そもそもリモートワークは無縁です。同じように、オフィスワーカーでも働き方の形態は様々で、それを一括りにしたまま、労働時間の短縮やリモートワークの是非は議論できないと思います。

小野:
そうですね。インターネットがあれば仕事はどこでもできて、ミーティングもTV会議ですむということが言われますが、日本ではまだまだ進んでいない。大半の人が、始業時間までに出勤し、会社で仕事をして、終業時間になると帰宅、という生活を送っている。

薮崎:
それは単に「遅れている」という問題ではないということですね。働き方には大きく2種類あると思うのです。労働時間と生産量が比例する「労働集約型」とクリエイティブな仕事に多い「創造型」。
労働集約型は、例えば営業だったら1か月で何件受注するとか、エンジニアだったらこのシステム構築には何人日かかるとか、前もってある程度時間と成果を推定できる仕事です。
一方で、創造型は、例えば企画や新規事業の立ち上げなど、時間と成果が関連しない仕事のことです。

大多数の人にとって、成果を上げるためには、それに見合う労働時間が必要です。世の中的に話題となっている「時間を短縮して働き方改革を」という対象は、創造型の働き方が前提。両方を混在して議論をしているのではないでしょうか。
弊社でもソフトエンジニアと言っても、新たなサービスを設計し開発する者もいれば、保守・運用に携わる者もいます。前者は創造型で、後者は労働集約型と言えると思います。もちろん労働集約型の業務と創造型の業務が入り交じっていることも多いでしょうし、そうしたところでも一概な議論は難しいと思います。

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