「厚いデータ」で成功した投資家ジョージ・ソロス
1992年9月初旬のある日、ニューヨークシティ7番街の雑居ビルにあるヘッジファンドのオフィスに3人の為替トレーダーがいた。
3人の男は、さまざまなデータ分析に目を通しながら議論の真っ最中だった。だが、この貴重そうなデータには、スプレッドシートもベンチマーク分析も数理モデルも含まれていなかった。実は3人は、傷ついたプライドとはどういうものか、自治国家としての野心とはどういうものか、その両方について共感を持って理解するのに欠かせない厚いデータを解明していたのだ。具体的には、ドイツ連銀総裁ヘルムート・シュレジンガーと英国財務大臣ノーマン・ラモントのつばぜり合いの真意を推し量ろうと躍起になっていたのである。
3人は次のように考えた。ドイツは、第一次世界大戦後の超インフレで貨幣価値がゼロになったこともあり、歴史的にインフレにいつまでも耐えるとは思えない。英国経済は短期モーゲージ市場の問題を抱えていて、デフレを受けいれられそうにない。となれば、結論は明らかだ。為替相場で調整せざるをえない。3人揃って納得の筋書きだった。投資の可能性としては、ポンド空売りが一番儲かることになる。
1992年9月16日、いわゆる「ブラック・ウエンズデー」(※英国の欧州為替相場メカニズム離脱を招いたポンドの為替レート急落の日)の翌日、おびただしい数の投資家が一儲けしたが、ダントツだったのは、この3人組だ。その名は、稀代の投資家ジョージ・ソロス、その後継者のスタンリー・ドラッケンミラー、当時のチーフ・ストラテジスト、ロバート・ジョンソンである。
あのニューヨーク7番街の一室で、いったい何が起こったというのか。3人は、どのようにしてこれが大勝負のタイミングだと知ることができたのか。
3人ともデータに潜む文化的な文脈を掘り出そうとしたのだ。ロバート・ジョンソンに尋ねると、次のように説明してくれた。「あのときのデータは大部分が数字ではなかったのです。経験だったり、新聞記事だったり、人々の反応に関するストーリーだったり、会話だったり。いわば物語的なデータでした」。これこそ、筆者の言う「厚いデータ」である。