大規模な組織にスタートアップの方法論、原則を適用する方法
渡邊 哲氏(以降、敬称略):2019年11月に『イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方』が日本でも出版されました。まず、この本の執筆の目的を教えていただけますか。
ダン・トマ氏(以降、敬称略):この書籍は、私自身が大企業のイノベーション担当として体験した様々な苦労から生まれました。大規模な組織をスタートアップに変身させるのでなく、大規模な組織のままでスタートアップの方法論、原則を適用する方法を書いています。つまり、私たちがまとめたのは「現業を続けながら、未来を探求する方法」と言えます。
渡邊:ご自身の経験が執筆の動機になっているのですね。どんな経緯で企業内イノベーションの仕事をするようになったのですか。
トマ:もともと私はスタートアップ起業家です。大学で電子工学と電気通信を学び、19歳の時に最初の会社を起業しました。それがキャリアのスタートです。その後ドイツの大手テレコム企業にヘッドハントされて入社することになりました。そこでの私の役割が企業内イノベーション、イントラプレナーだったのです。
なぜ私に声がかかったのかというと、その企業には有能なプロジェクトマネジャーやミドルマネジャーはいましたが、起業家としての経歴や実践的な経験を持つ人がいなかったからです。ところが、大企業に入ったおかげで私は大変な苦労を経験しました。というのも、大企業はものごとの「最適化」「標準化」に長けていて、すでに行っていることの効率化は得意ですが、変化やイノベーションを起こす上ではとても非効率なことが多々あったからです。
渡邊:大企業でイノベーションを起こすために、いわゆる「出島」を作るとよい、という意見があります。しかし、書籍には「独立したイノベーションラボを設置しても、そこから成功する事業が生まれるとは限らない」と書かれていますね。
トマ:独立したイノベーションラボ、つまり「出島」を設置しても、そこから成功する事業が生まれるとは限りません。「出島」が、私たちの言うところの「イノベーション劇場」になることが多いからです。「この洗練されたオフィスを見てください!デザイン思考やリーン・スタートアップに取り組み、服装も自由です。シリコンバレーにも訪問しました」といった具合に社内外にアピールするのですが、結局は中身のある事業を生み出せないことが多いのです。
イノベーションを成功させるために、大手企業がスタートアップのように行動する必要はありません。大企業がイノベーションを起こすのに必要なことは、自らをイノベーション・エコシステムととらえ、多種多様な事業、製品やサービス、ビジネスモデル、部署、社員が共存できる生態系を構築することです。成功している現業の事業を、イノベーションに投資する資金源として活用すればいいのです。