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行動科学と内発的動機で自律型組織を実現する──「ナッジ」とは何か、マネジメントで活用するには?

ウェビナー「行動科学と内発的動機で、職場を『ナッジ』する」:前編

 ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱した概念「ナッジ」が今、世界中の政府や企業の間で注目を集めている。ナッジとは、経済的なインセンティブを変えたり行動を禁止したりすることなく意志決定に影響を与える方法のこと。企業がナッジを活用する方法、そしてナッジにより自律的かつ生産性の高い職場を実現することは可能なのか。6月25日、企業向けに社員の働くモチベーションを見える化するAIサービスを提供するAttunedの主催でオンライン開催されたセミナー「行動科学と内発的動機で、職場を『ナッジ』する」を前後編でレポート。前編では「ナッジの理解と活用」をテーマに4者が登壇したセミナーの模様を紹介する。

[公開日]

[取材・構成] 鈴木 陸夫 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] 企業戦略 ナッジ 行動経済学 行動科学 内発的動機

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ナッジとは何か

 セミナー冒頭では、英国の行動インサイトチーム(通称「ナッジ・ユニット」)や米国のシンクタンクであるブルッキングス研究所などで活動してきた、Attuned シニア行動科学者のブランドン・ルーマン氏が「ナッジの紹介・米英政府などでの『ナッジプロジェクト』の最先端」と題して基調講演を行った。

 ナッジ(肘でつつく、背中をそっと押す、といった意味)とは何か。ブランドン氏によれば、ナッジという概念を理解するには前提として行動科学を理解することが必要である。行動科学について、ここでは「人間がどのように意思決定を行っているか、どのように意思決定に影響を与えられるかを研究する分野」と定義し、従来の経済学との対比で次のように説明した。

「古典派経済学では人間の意思決定は合理的になされるという前提であるのに対して、行動科学は人間の非合理性を扱います。たとえば『50%の確率で20万円がもらえるのと、100%の確率で10万円がもらえるのとでは、どちらを選択するか?』と質問したとしましょう。行動科学者は『空腹だったり疲れていたりしたら、その選択は変わるだろうか』といったことも考えるでしょうが、古典派経済学者はこうしたことをおそらく調べようとしません」

 行動科学の研究により、人間の持つ様々な認知バイアスが発見されてきている。こうした研究成果をどうやって現実世界に応用していけばいいのか。このテーマに関して様々な人が論じてきた中で、最も影響力があるのが、リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンという2人の学者によって書かれた書籍『Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness(以降、Nudge)』(邦題『実践 行動経済学』)とその概念だという。

 『Nudge』はもともと公共政策立案者向けに書かれたもので、2008年の金融危機直前のタイミングに出版された。金融危機直後、政府は緊縮財政下にあったため政策プログラムに使える資金があまりなかった。安価で実行も比較的容易な『Nudge』のアイデアは政策立案者にとって非常に魅力的なものに映った。

 ナッジの考え方は2つの原則に基づいている。1つは「人々は自分自身の決定を自由に行うべきであり、人々の選択肢は制限されるべきではない」ということ。もう1つは「人々が前向きな決断をするように影響を与えるべき」、たとえば環境汚染を減らすよう、健康を増進するよう、あるいは老後のために貯蓄するよう促すべきだというものだ。

 考えてみてほしい。学校の管理者として生徒にもう少し健康的な食事をするように促したいというシチュエーションを例にとると、次の3つのうちナッジに当てはまるのはどれだろうか。

  1. 不健康な食べ物を禁止する。カフェテリアからお菓子や甘い飲み物などをすべて撤去し、学生がこうした商品を購入できないようにする。
  2. 不健康な食べ物の価格を上げる。1ドルのクッキーを10ドルに値上げする。
  3. カフェテリアのデザインを変えて、学生が健康的な食べ物を最初に目にするようにする。

 正解は「3」。「1」は学生の選択を制限することになるため、ナッジの第一原則に反する。「2」も意思決定の経済的インセンティブを変えることになり、これは古典派経済学の領域であって行動科学ではない。

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