BtoBはデザイン経営との親和性が高い。その理由とは
佐宗邦威氏(以下、敬称略):僕は、世の中にデザイン経営の取り組みとしてさまざまな実践がされているなかで、パナソニックグループでのデザイン経営実践プロジェクトを非常にユニークな取り組みだと思っています。というのも、ホールディングス全体で長期ビジョンを作るだけでなく、この2年間をかけて、傘下の事業部門ひとつひとつで未来構想をして長期ビジョンを定めてきていますよね。パナソニックグループのようなコングロマリットを変革するのは極めて困難だと思うのですが、巨大組織全体をデザインの力を媒介に前に進めていこうとする先行事例と言えるのではないかと。実際に、僕はいろいろな企業の支援を手がけていますが、事業部ひとつひとつで長期ビジョンを策定しているプロジェクトは見たことがないです。
そこでお伺いしたいのですが、さまざまな事業部でデザイン経営を実践してみて、事業部ごとに特色や傾向はありましたか。「この事業部は特に変化が大きかった」とか。
臼井重雄氏(以下、敬称略):実は、プロジェクトの当初には「BtoBの事業部にはあまり効果がないかもしれない」という不安がありました。BtoB向けに部品などを製造する事業部は、顧客が概ね決まっており、顧客の状況にビジネスが左右される部分も大きいから、未来構想へのモチベーションを持ちづらいのではないかと。しかし、蓋を開けてみると、BtoBの事業部のほうが未来構想に積極的で、私たちの問いかけにも真摯に向き合ってくれました。
佐宗:たしかに意外ですね。
臼井:よく考えてみると、BtoBの事業部は顧客が明確なので、自然と顧客視点を身に付けていて、デザイン経営に親和的でした。それに、社会全体で不確実性が高まるなかで、「このまま下請けのような仕事をしていていいのか?」という問題意識を持っている人も多い。だから、未来構想にも意欲的に取り組みやすいのかなと。
実際に、部品製造の事業部で未来構想を実施したら、その取り組みに事業部長が着目して、その事業部長が管掌する他の部門への横展開を決めたことがありました。また、未来構想で描いたビジョンを顧客先に持ち込んで「私たちとこんな未来を創りませんか」と新たなプロジェクトを提案した事業部もあるようです。こうした変革が続けば、顧客に依存した受け身のビジネスモデルからも脱却できるし、従業員もモチベーションを高く保ち、仕事に臨めますよね。
佐宗:「BtoBのほうがデザイン経営に親和性が高い」というのは、他社でも共通するポイントですね。BtoBのビジネスは企業対企業でコミュニケーションするので、営業の場面でビジョンを語りやすいし、それが起点となってビジネスプロセスにビジョンが落とし込まれやすいです。逆に、BtoCはビジョンを商品に落とし込む必要があるので、ビジョンが浸透するまでにタイムラグが発生します。BtoBとBtoCではデザイン経営が波及する流れが異なるんですよね。
臼井:BtoCの事業部で特に印象的だったのは、「手段と目的の主従逆転が起きている」という話でした。当社の経理部門の方が言っていたんですが、例えば、昭和の時代の冷蔵庫は「暮らしを豊かにする手段」だったはずだと。冷蔵庫が家にあれば、食材が長い時間保存できて、毎日買い物に行かずに済むといったポジティブな変化が家庭のなかに生まれた。つまり、冷蔵庫メーカーは暮らしを豊かにする手段を提供していたんですよね。
しかし、いつの間にか冷蔵庫メーカーのなかで、冷蔵庫を提供すること自体が目的にすり替わって、「もっと多くの機能を付けたら価格を上げられる」とか「大きな冷蔵庫を作ればもっと売れる」とか、本質的ではない議論が取り沙汰されるようになった。それがなぜ起こっているのかといえば、やはり実現したい未来のビジョンが不明確だからだと思うんですよね。だから、BtoCの事業部もしっかりと未来を描いて、手段と目的の主従逆転を防がなければいけません。