ソリューションブランド「IGNITURE」誕生の背景
吉田:新しいソリューションブランドが誕生した経緯について教えてください。
門:当社には、「東京のガス会社」という強いイメージがあります。そのため、新しい取り組みを発信しても「なぜ東京以外の場所に電気を売りに来るのか」「なぜガス機器以外の商材やリフォームの提案をしているのか」といった疑問が顧客から出てきます。新しい取り組みを認知してもらうためには、新しいブランドが必要でした。そこで2023年11月に新しいソリューションブランド「IGNITURE」を発表しました。
家庭用も法人用も、さらに地域向けにも、先進的な取り組みはIGNITUREブランドのもとで展開し、社会課題の解決を図り、顧客満足度を高め、売上や利益の向上を目指していきます。
IGNITUREの検討の当初、経営としてソリューションブランドを立ち上げる動きがあり、事業部門としては具体的な顧客への貢献として各種ソリューションを打ち出す動きがあり、それらは互いに独立して存在していました。しかし、これらの方向性やタイミングが自然と一致してIGNITUREブランドをリリース出来たのは、東京ガスグループ全体の経営理念、存在意義[1]が基盤になっているからでしょう。
グループの経営理念は2年前に新しくなり、その中でも存在意義が「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる。」へと大きく変更されました。このあらたな経営理念に基づいて勉強会を多く行い「顧客は誰で、どう支えることで未来を作るのか」を考えてきました。
ただ、より重要なのは、多くの社員が、東京ガスの現在の事業基盤を踏まえ、日本に貢献したいという思いで入社しているという点だと思います。そういった背景から、偶然かつ必然的な一致が起きたのだと思います。
インフラ企業での新規事業の難しさ
吉田:新規事業に取り組む際、社内にはブレーキとなる要因はありましたか?
門:特に大きな障害はありませんでした。ただ、現時点での売上や利益の多くはエネルギー事業から生まれているため、現場のメンバーは新しい取り組みに時間を割くのが難しいことがあります。既存事業における新しいメニューの作成や新しい顧客の開拓も必要だからです。将来的なエネルギー事業の縮小を見越して新しい事業を準備する必要があるものの、日々の業務に追われると時間が取れないのが現実ではないでしょうか?
新しいムーブメントを起こすためには、小さな成功を積み重ねることが重要です。限られた資源と人員で行った新しい取り組みが成功すると、それを見ていたメンバーがその方法や方向性を支持し、協力してくれるようになります。一方で、実績のない状態で大量のリソースを投入するのは無責任ですし、これまでの東京ガスの流れも無視しています。
吉田:まさにエフェクチュエーションにおける「手中の鳥」ですね。
藤原:大企業においては安定した大きな既存事業があるからこそ、小さな新規事業に取り組む価値を示すのは難しいですよね。担当者も不安になるかもしれません。だからこそ、上司が動きやすい環境を作ることが重要です。門さんの下で働く人たちは、その点で動きやすかったと思います。
大企業においては新規事業に取り組んだ経験や、自分で「稼いだ」経験が乏しいメンバーが多い点も課題です。既存事業では数〜十年単位の長期的な計画を立てますが、新規事業ではアジャイルな取り組みが求められます。門さんは「顧客の声をすぐに反映してブラッシュアップしていく」必要性をよく説かれていました。総じて、顧客基盤や設備、人脈、チャネルが豊富にある一方で、最初の一歩を踏み出すのが難しいというもどかしさがありました。だからこそ新しいことに取り組むチームを出島的に作る形で進めて来たのだと思います。
[1]東京ガスグループ「PURPOSE & VISION」