マーケティングの定義から考える、エフェクチュエーションの実践とその可能性
吉田満梨氏(以下、敬称略):木村さんは長らく江崎グリコでマーケティングや新規事業を手がけられ、現在はマーケティング担当の執行役員を務められています。近年では、エフェクチュエーションに興味をお持ちで、私も先日、江崎グリコの社内講演に招聘いただきました。エフェクチュエーションをマーケティングやマネジメントの現場で実践されている貴重な存在だと思いますので、本日は楽しみにしていました。
木村幸生氏(以下、敬称略):いえいえ、とんでもないです。エフェクチュエーションを使いこなせているかといえば、到底そんなことはありません。あくまで社内で普及活動に励んでいる程度なので、まだまだ道半ばです。
ただ、少し前からエフェクチュエーションには「面白い考え方だな」と注目していました。というのも、ご紹介いただいた通り、私は長年マーケティングを手がけてきたのですが、そこでの常識は「論理的に思考し、論理的に説明する」です。つまり、エフェクチュエーションと対立する概念であるコーゼーションが主流の思考法なんですね。そのせいもあって、全く異なる構造を持つエフェクチュエーションに大きなインパクトを感じました。
吉田:本日は、エフェクチュエーションとマーケティングの関係についても掘り下げたいのですが、前提として木村さんのマーケティング観をお聞きしたいです。
木村:私としてはドラッカーのマーケティングの定義が最もしっくりときます。「マーケティングとは、販売を不必要にすること[1]」というものですね。マーケティングは需要創造活動一般のことで、決して押し売りのことではありません。顧客に何も働きかけなくても、自然と商品が購入される環境を創るのが、マーケティングの最終的な目的です。
これは「事業活動全体がマーケティングである」とも言い換えられると思います。需要を創出するためには、戦略を立案し、事業をマネジメントし、利潤を産んで再投資の原資を得なければいけません。
さらに、これらの活動は一人では運用できないので、仲間を作って組織化する必要があります。そして、組織を動かすためには共通の目標や理念が必要なので、パーパスやバリューも設定しなければならない。
これらの活動全般が、顧客の需要を創出するという目的に繋がっていて、その最適な循環をデザインするのがマーケティングなのだと思います。
吉田:非常に共感します。これはマーケティングの教科書にも書かれていることですが、マーケティングにおいては、顧客価値をいかに企業やステークホルダーにとっての価値と重ね合わせられるかが重要です。
つまり、顧客にとっても、企業にとっても、流通や調達など関わるステークホルダーにとっても共有できる価値を定義する必要があります。ただ、それは決して容易なことではなくて、論理性だけではなく、高度な創造性が求められるのですが、私はこのときにエフェクチュエーション的な思考が求められると思っています。
木村:例えば、私は日ごろから「顧客のためになるものを作ろう」と口にしています。「顧客の欲しいもの」ではなく、「顧客のためになるもの」。顧客が「〇〇が欲しい」と言ったものを作って見せても、それじゃないって言われることが多いのが現実です。
一方で、何が顧客の「ためになる」かは、本当に何に困っていて解決しなければならないかを考えることなので大変です。だからこそ、一人で考えるのではなく、同僚やステークホルダーを含めた多様な関係性のなかでアイデアを考案し、商品として形にしなければいけません。
このとき、多様な仲間と課題を共有して新しいアイデアを生んでいくプロセスは、エフェクチュエーションの5つの原則のうちの「クレイジーキルトの原則[2]」と似ていると思いますね。
[1]P.F. ドラッカー『マネジメント[エッセンシャル版]』(ダイヤモンド社)
[2]エフェクチュエーションを構成する思考様式の一つ。あるアイデアを具体化するプロセスで自発的なコミットメントを獲得し、パートナー関係を構築することを重視する行動。