『世界の経営学者はいま何を考えているのか』刊行後、知の探索をし続けた3年間
佐宗(株式会社biotope 代表取締役/イノベーションプロデューサー):
お久しぶりです。新刊、早速読ませていただきました。前回の著書を読んだのは私がシカゴに留学中でした。当時所属していたソニーでイノベーションの仕組みづくりを考えていた頃にちょうど先生の本と出会い、そのままシカゴからバッファローに飛んでいきなり先生のご自宅でお話をお伺いしてから、2年余りが経つのですね。
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
ははは、あのときの佐宗君の行動力には驚きましたね。会ったこともない僕のNY州の家までやってきて、飲んで、食べて、夜通し語って、一泊してシカゴに帰っていきましたよね(笑)。
佐宗:
実は先生の前著の知見や当時話しあったことは、私も携わったソニーの新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の設計の際にもかなり参考にさせていただき、とても実務的な経営学の知見をいただきました。今回の新刊を読んで、この3年間、先生はこれまで以上に分野横断的な経営学の知見を実務と結びつける、先生の言う「バウンダリースパナー」の活動をされてきた。その顔が強く出ている本だ、と感じました。
入山:
おっしゃる通りかもしれません。たしかに、この3年間は「知の探索」をしていたかなあ。知の探索とは、なるべく自分から離れた知を幅広く探し、今自分の持っている知と新しく組み合わせることを指しています。一方で、組み合わせた知を深堀していくことを「知の深化」といいます。
一般に、学者にとっての専門範囲の世界って、とても狭いんです。逆に言うと、狭くないと一流にはなれない。ある意味、究極の知の深化ですね。例えばベンチャーキャピタル(VC)投資の研究をしている研究者は、ほとんど一生VC投資の研究だけです。だからVCについてはすごく詳しくなる。しかし、例えば国際経営学、イノベーション、リーダーシップなど、少しずれた話題になると知らないことが意外なほど多いんですよ。
僕が海外の大物学者と話をしても、その人の専門性から少しずれた領域の話になると、その人は「全然知らない」といったことがよくありますからね。そうなってしまうほど狭く突き詰めて研究しないとトップになれないんです。
佐宗:
なるほど、そうなんですね。
入山:
しかし、僕はもともと節操がない性格ですし、学者としてそんなに突き詰めてトップになれる人間でもないのは、自信があった(笑)。そんなときに日本に帰ってきて、色々なビジネスパーソン・経営者・イノベーターのみなさんの持っている、実際の問題意識や課題を議論させていただく機会がすごく増えたんです。
そこで、今まで自分が全然知らなかったリーダーシップ論など専門外の世界の経営学の論文を大量に読んで、ビジネスパーソンの思考の整理になるかもしれない知見を、今回の本にまとめたんですよ。結果的に今回は前回の本と比べるとものすごい幅が広く、イノベーションはもとより、リーダーシップやモチベーション、競争戦略、起業、さらにはCSR、ダイバーシティについても書いています。今回の本と前回の本との決定的な違いは、日本のビジネスパーソンを意識して書いていることですね。
佐宗:
確かに前回の本と比べたときに、日々われわれの実際のビジネスで起こっていることを学術的に捉え直してみよう、という部分がすごく多い印象がありました。トランザクティブメモリの話を日本企業における「タバコ部屋」に例えたり、オープンイノベーションの意義や、人脈のイノベーションにおける役割、組織の多様性など、僕が今現場で感じているモヤっとした課題テーマの言語化が多かったので、今お話を聞いてすごく納得しました。