両利きの経営を次のフェーズに進める生成AI
栗原茂(以下、栗原):まず小宮さんのご経歴をお聞かせいただけますか。
小宮昌人氏(以下、小宮):日立製作所やデロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所で製造業やロボット産業など、産業向けのDX支援を手がけ、官民出資の投資ファンドである産業革新投資機構(JIC)ベンチャーグロースインベストメンツでは大企業とスタートアップの連携支援に携わりました。その後、企業のDXや戦略実行・イノベーション創出を支援するd-strategy,incと、VC/CVC・スタートアップなどの国内・グローバル連携を行うThird Ecosystem,incを立ち上げて経営しています。一方で、東京国際大学データサイエンス研究所では特任准教授として教育・研究活動に従事しており、経済産業省の研究会やWGの委員も複数務めました。
栗原:小宮さんは『生成DX 生成AIが生んだ新たなビジネスモデル』(以下、本書)で、生成AIをDX戦略に組み込んだ「生成DX戦略」を主張されています。生成AIが企業の事業や戦略にどのような影響を与えるとお考えですか。

小宮:影響の範囲は極めて広く、かつ深く及ぶと考えています。たとえば、昨今、両利きの経営を志向する企業は少なくありませんが、「知の深化」と「知の探索」は生成AIによって大きく変化します。
1つの例としては、知の深化、つまり既存事業に費やしていたリソースの大幅な削減です。とある大企業では、生成AIの活用により既存事業の工数で約55%削減を目指している例があります。こうした知の深化の大幅な効率化は、リソースの余剰を生み出し、既存事業の強化や新規事業の創出により多くの人員や時間を割けるようになるでしょう。
また、一方で、知の探索においても生成AIは大きな役割を果たします。知の探索、すなわち新規事業では、知見の乏しい領域を開拓しながら、顧客のニーズや競合環境などを把握しなければいけません。これらをリサーチしたり、戦略策定に向けて壁打ちをしたり、顧客に対してデータに基づく迅速な分析や価値を提示する際に、生成AIは強力な武器になります。このように生成AIは、両利きの経営の深化や探索、それぞれにおいて必要不可欠なツールになるでしょう。
生成AI時代に起こる「DXの民主化」とは
栗原:生成AIの台頭により、従来のDXはどのように変化するとお考えですか。
小宮:それが、まさに書籍で伝えたかった「生成DX戦略」の重要なポイントです。一言で言えば、生成AIの台頭により、DXは「標準化」や「全体最適」のみを志向する必要がなくなるということになります。従来のDXはそれぞれ存在する業務システムやデータを標準化して連携することで、業務プロセスやシステムの全体最適を目指していました。
しかし、生成AIは個別の業務プロセスやシステムに対応して行動します。システム間連携やデータの抽出やフォーマット変換なども行う「AIエージェント」を個別に設置することで、各業務やシステムにおいては個別化していたとしてもエージェントを介して全体最適を目指すことができます。そのため、業務プロセスやデータを従来ほどガチガチに標準化する必要がなくなり得るのです。
つまり、それぞれの業務プロセスやシステムは個別最適を目指せばよく、それらを実行するAIエージェントを束ねるのがDXのあり方の1つになります。長年、日本企業は「全体最適が苦手」と指摘されてきましたが、生成AI時代は個別最適に強い日本企業に有利な時代になるはずです。
さらに注目すべきなのは、こうしたDXの取り組みをリソースが不足しがちな中小企業でも実行できることです。個別の業務プロセスのデータやノウハウさえ確立されていれば、今後、より汎用化されてくるAIエージェントを活用することで様々な業務に容易に適用することができるようになります。そのため、従来は資金や人員の問題から、全体最適が図れなかった企業でもDXを実行できるようになるでしょう。DXが「民主化」されたというのも生成AI時代の特徴だと思います。

栗原:そうなれば、企業のデジタル環境はシステムベンダー側も含めて大きな転換がありそうですね。
小宮:そう思います。たとえば、従来はメガプレーヤーが提供する基幹システムやSaaSなどに業務を統合する形で、現場の強みを削ぎ落とすようなDXが推進されてきました。しかし、生成AIやエージェントの活用により現場の強みを活かしたうえで全体のシステムに連携することが可能となるため、日本企業の強みを削がずに活かしたDXが可能となります。そうなると現場のオペレーション・データに強みを持つ日本企業にとっても勝機となります。