生成AI時代にヒトが行うべき、仮説を現実に近づける行動の重要性
栗原茂(以下、栗原):馬田さんは2017年に『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)、2022年に『解像度を上げる』を出版され、昨年『仮説行動』(以下、本書)を上梓されました。本書で「行動」に焦点を当てた理由をお聞かせいただけますか。
馬田隆明氏(以下、馬田):本書では仮説の構成要素を「エビデンス」と「推論」の2つに分け、「エビデンス×推論=仮説」と整理しています。良い仮説は、良いエビデンスと良い推論が掛け合わさることで生まれるわけです。

ここでの「推論」とは思考であり、高い思考力が良い推論を可能にするのですが、その一方で従来は思考が重視されすぎる傾向があったように思います。仮説に関する書籍は数多いですが、思考のスキルを高めれば問題解決ができるかのような主張も少なくないです。質の高いインプットがなければ質の高いアウトプットができないように、良いエビデンスをもとに推論を行わなければ良い仮説は生み出せません。
では、良いエビデンスをいかに獲得するかと言えば、顧客先や現場に出向いてみたり、プロトタイプを制作したりといった「行動」が必要です。もちろん思考と行動は相互に補完し合うため、やみくもに行動すれば良いわけではありませんが、仮説を生み出したり検証したりするには行動が欠かせないのも確かです。従来の思考に偏った仮説のフレームワークに対して、行動の重要性を強調したのが本書の特徴だと思います。
栗原:本書では、仮説における「生成」「検証」「実現」の3つのフェーズで行動が重要だと解説されています。

馬田:はい。「生成」は仮説を生み出すフェーズです。先ほども述べたとおり、仮説はエビデンスと推論の掛け合わせで生成されるため、質の高いエビデンスを獲得するには行動が必要になります。特に、昨今の生成AIが普及した状況においては、AIがまだ学習していない一次情報は差別化の重要な要素です。さらに言えば、推論のスキルや正確性は人間よりもAIのほうが優れていますから、一次情報を収集するための行動はより重要度を増していると思います。
次の「検証」は、生成した仮説が正しいのかを確かめるフェーズです。仮説を検証するにはテストマーケティングやプロトタイプの制作といった行動が求められます。生成AIでも抽象度の高い仮説検証は可能ですが、実際の顧客や現場からフィードバックを得るには行動が欠かせません。
そして、最後が「実現」のフェーズ。検証を終え、確からしい手ごたえを得たのであれば、仮説を実現するために行動しなければいけません。いくら精緻に検証を重ねたとしても、100%確実な仮説は立てられません。取り組みのなかで発生する不確実性や想定外の事態にも対応しながら、仮説を実現に近付けていく行動力が求められます。
栗原:仮説を立てるにも、実行するにも行動が必要だと。本書では、仮説に関するプロセスを「マップ」「ループ」「リープ」の3段階で整理しています。この点も解説いただけますか。

馬田:「マップ」では、仮説を生成したり検証したりする前段階として、仮説の全体像をツリー状に構造化した「仮説マップ」を描きます。たとえば、私が東京大学 FoundXで手がけているスタートアップ支援の領域では、事業創出に向けた仮説は「価値仮説」「市場仮説」「戦略仮説」の3つに分解できます。さらに、例示すると「価値仮説」であれば、「顧客は誰か」「課題は何か」といったさらに細分化した下部仮説に分けられます。
こうした仮説マップを描くことで、優先して検証すべき仮説や不足している仮説を明らかにできます。新規事業創出の場面では、ビジネスモデルキャンパスやリーンキャンパスといったツールが用いられますが、これらも仮説マップの一形態と言えるでしょう。

そして、仮説マップをもとに、仮説の検証や生成を繰り返すのが「ループ」です。仮説マップを描いたことで重要度や優先度の高い仮説が明らかになるため、それらに対する検証や修正のループを回し、仮説の全体をより強固にしていきます。
最後の「リープ」は「決断」とも言い換えられると思います。「この仮説に賭ける!」というリープ(跳躍)です。これは単なる意思決定ではなく、企業で言えば組織全体で意思をまとめ上げて前進していくような、現実的な取り組みも含められます。このように本書では「マップ」「ループ」「リープ」の3段階に沿って仮説のプロセス全体を解説しています。