大企業でカーブアウトが必須になるいくつかの理由
栗原:今後、大企業がイノベーションをさらに加速するうえで、北瀬さんのこれまでの活動がヒントになると思います。カーブアウト(親会社による出資と外部資本の注入を組み合わせることで、新規事業の育成をスピーディーに進めることが可能と言われている手法)の事例として、本書ではdotData設立の過程が紹介されています。
北瀬:日本の大企業がイノベーションを実現するために、ぜひカーブアウトの仕組みを実装してほしいです。自社では事業化が難しいが、他社や投資家からすれば魅力があるアセットを日本の大企業は数多く保有しています。それを社外に一度解き放つことで、社会や産業全体に貢献できるのであれば、カーブアウトに取り組む価値は十分にあるはずです。外部のノウハウや投資などが必須である昨今のイノベーションの潮流からすると、カーブアウトは必須だと言えます。
また、人材育成の面でもカーブアウトは極めて有効です。いくら有望な人材でも、日本の大企業で20代や30代のうちに経営の舵取りを担うのは難しいでしょう。しかし、経営には実際に経験してみないとわからないことが数えきれないほどあります。キャッシュフローを回したり、総合的な観点で社内の仕組みや規則を作ったり、大企業のブランドを使わず営業したりといった経験は、大企業にいては経験ができません。それらの1つ1つが、次世代の経営者候補を育成する糧になると思います。そのため、大企業にはぜひカーブアウトに積極的になってほしいですね。
栗原:経営の経験から得られる成長とは、具体的にどのようなものでしょうか。
北瀬:経営者に相応しい人格や振る舞いを身に付けられるというのが大きいような気がします。たとえば、ある分野に突出した知見や能力を有していたとしても、部下をマネジメントしたり組織内を調整したりすることが苦手という人材はしばしばいます。そうした人材を経営層として活躍できるように導く機会がカーブアウトにはあると思います。
もちろん、職人肌で専門性を極めたいという層もいるので全ての専門職が経営を経験すべきとは思いませんが、なかには専門職でありながら経営を担いたい稀有な人材も存在します。そうした人材を次世代のリーダー候補として育成するのは非常に有意義なことだと思います。

カーブアウトへの社内からの反発をどう回避するか
栗原:とはいえ、カーブアウトへの敷居の高さを感じている企業も多いように思います。北瀬さん自身もdotDataのカーブアウトでは、社内からの反発を受けたのではないでしょうか。
北瀬:あくまで一般論として申し上げれば、反発はあると思います。カーブアウトの際によくある反発としては「知財」「人材」「既存事業との競合」の3つがあります。
特に反発を受けやすいのが人材です。「なんでこんなに優秀な人材を退職させ、社外の会社専任にしなければいけないのか」と紛糾するわけで、確かにそう思います。しかし、先ほども述べたように、経営者としての経験を積むためには、一度、組織の外に出て、独立独歩で事業を背負わなければいけません。また、多くの場合、投資家たちも出向や兼任ではなく、カーブアウト先への専任を求めます。イノベーションの創出を目指すなかでは、そうした苦渋の決断に迫られることもあるわけですね。
栗原:そうした反発のなかで、どうすれば社内からの承諾が得られるのでしょうか。
北瀬:「時間」は重要なポイントかなと思います。たとえば、大企業で新規事業を創出するのに3年の期間を要するとして、昨今の変化の早い世の中では3年後に市場環境そのものが大きく変わる可能性が十分あります。AIが分かりやすい例です。3年後のAIの技術進化を当てる人など、ほとんど存在しません。
もちろん、新規事業のなかには、時間をかけて着実に育てなければいけないビジネスもあります。特に、大企業はそうした事業を手がけていることが多いです。しかし、AIのように日進月歩で進化している領域の新規事業については、何よりもスピード感が求められます。そうした性質の新規事業については、大企業ではなくスタートアップとして挑戦する価値があり、カーブアウトも検討すべきでしょう。こうした観点の理解が進めば、社内の人々からもカーブアウトへの承諾を得やすいように思います。