まずは事業FP&Aの導入から始めよ
畠山:萱原さんがFP&Aとして意識されていることを教えてください。
萱原:事業FP&Aは、事業部長の実現したいことを“右腕”としてサポートすることに思考の9割を費やしても良いと考えます。その上で、残りの1割で本社と事業部の橋渡しを担うにあたり、意識すべきことが二つあります。
東京大学法学部卒業後、新卒でリクルートに入社。住宅事業の営業、事業開発を経て、FP&Aに従事。その後、全社経営企画およびグループ持株会社(リクルートホールディングス)にて財務に従事。2022年にfreeeに入社。FP&Aとして、全社事業計画の策定や事業拡大にともなう管理会計刷新に従事。2023年10月にニーリーに入社。事業計画策定/資金調達/資本政策などのファイナンス関連領域を担当。
萱原:一つは時間軸です。事業部で日々のビジネスオペレーションに従事していると、どうしても近視眼的な思考に陥りがちです。3~5年の中長期で「こうありたい」という画を粗くても良いから描き、数字を根拠に説明することが、本社への働きかけにおいては有効です。
もう一つは相対観です。複数の事業をポートフォリオで展開している企業においては、自身の担当事業にコミットしつつも俯瞰的・相対的に当該事業を評価することが重要です。「同一グループ内の他事業と比較するとどうか」「他の上場企業と比較するとどうか」などの視点を意識的に持つことが求められます。
畠山:次の議題は「FP&Aを自社へどのように導入すれば良いか」です。石橋さんから解説をお願いします。
石橋:FP&A組織を設置する上場企業は増えています。しかし、先ほどご紹介した二つの壁を認識しないうちに「とりあえず本社に設置してみた」「次は事業部にも設置しよう」と考えるのは危険です。
事業FP&Aのミッションは、事業戦略の実行にあります。事業戦略を実行することによって売上高を成長させ、営業利益率を高める必要があります。売上高を予測して目標を設定し、経営資源を再配分したり投資の意思決定をしたりするアクションも必要です。
スタートアップ企業の場合は本社と事業部の距離が近いため、事業戦略に本社が踏み込むことも可能です。ただし、本社と事業部の壁が存在する大企業において、本社FP&Aが事業戦略にまでコミットすることは困難でしょう。したがって、本社FP&A組織の設置だけでなく、事業部にもFP&A組織をセットで設置することをお薦めします。
日本企業の経営管理プロセスは陳腐化している
石橋:本社FP&Aによる全社の事業ポートフォリオの見直しや経営資源の配分は、日本の上場企業の経営企画部が本来得意とするところでしょう。M&Aも大事ですが、それだけでは投資会社です。企業価値の持続的な向上は難しいでしょう。本社FP&Aの真の役割は、事業FP&Aが事業戦略を実行できるよう支援することにあるのです。
日本企業では社内カンパニー制や純粋持ち株制度が進められた結果、事業部長や小会社社長のオーナーシップが強い傾向にあります。彼らを束ねるのが本社の社長だと思われがちですが、その役割をCFOと本社FP&Aが担うべきなのです。
畠山:本社FP&Aにしかできない支援について、詳しく教えてください。
石橋:事業戦略を実行するためのプロセスを、事業部に実装することです。今の日本企業の経営管理プロセスは、正直に申し上げて陳腐化していると感じます。
たとえば中期経営計画や年度予算を本社の経営企画部が一生懸命作っても、事業部の人たちはそれを何に使っているのでしょうか? 事業部FP&Aが本社FP&Aに求めることは、事業戦略を長期的に実行して事業価値を上げるための仕組みづくり、たとえばテクノロジーやデータなどの環境を整備することです。事業部レベルで事業戦略を実行するために、最も重要な経営管理プロセスが「ローリング予測」と呼ばれるフォーキャスティングです。
