企業価値向上のため、健全なリスクテイクを後押しする
Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):FP&Aの役割や定義について、鷲巣さんはどのようにお考えでしょうか。
鷲巣大輔氏(以下、鷲巣):私はFP&Aを「企業価値を高めるために、その意思決定のプロセスの質を高める存在」だと考えています。
FP&Aは、ファイナンス領域のビジネスパートナーです。人材領域のビジネスパートナーである「HRBP(Human Resource Business Partner)」が人事面から事業を支援するように、FP&Aは財務的な視点から事業の意思決定に深く関与します。意思決定自体はCEOや事業部長が下しますが、FP&Aの役割は、その意思決定のプロセスにオーナーシップと責任を持つことです。
具体的なイメージとしては、将来の複数のシナリオを描き、「悪いケースになったとしても、こういうバックアップを用意しておけば致命傷にはならない」「アップサイド(成功の可能性)を追求すれば、これだけ大きな成果が得られる」といった情報を提供します。これにより、意思決定をする人は不安を乗り越え、「それぐらいの許容範囲ならやってみよう」と勇気を持てる。私はFP&Aを「意思決定に勇気を与える存在」だと表現しています。
大学院教員、FP&A研究者、コンサルタント。P&G Far East Inc.(現P&Gジャパン)からキャリアを始め、以後一貫してFP&Aに携わる。スタートアップ企業CFO、Molson Coors International APAC地区CFO、投資ファンドのスポンサー企業の経営企画・FP&A責任者等を歴任。企業マネジメントに携わる一方で、グロービス経営大学院にてファイナンス領域の講師を務める。多くの人・企業に「大胆なリスクテイクを可能にする武器」としてのFP&Aを広める活動を行っている。監訳書に『経営管理・ファイナンス部門のための FP&Aのすべてーーパフォーマンス管理、事業予測と計画策定、戦略的意思決定の全実務』(ダイヤモンド社、2025年)がある。
栗原:FP&Aの機能が日本で注目を集めている背景には、どのような要因があるのでしょうか。
鷲巣:以前はリスク回避の観点でFP&Aに着目する企業が多かった。しかし、特に2023年の東京証券取引所による「PBR(株価純資産倍率)」の改善要請、いわゆる「PBR一倍割れ問題」が指摘されるようになって以降、健全なリスクテイクにより、企業価値を高めることが経営の必須事項となりました。なぜなら、企業価値は「フリーキャッシュフローの現在価値の総和」というファイナンスの定義があり、リスクを避け続けていてはその価値が上がらないからです。
しかし、無謀なリスクテイクではなく、「計算し尽くされた賢いリスクテイク」でなければなりません。CFOは、この市場の要請を受けて事業部とともに企業価値向上を推進する必要がありますが、CFO自らが事業に直接アクセスするのは困難です。そこで、CFOの実行部隊として、戦略的なリスクテイクを支えるFP&Aが求められるようになってきた。直近2年ほどのFP&Aへの関心の高まりには、このような背景があると考えています。
これに応えるにはCFO組織や経営管理体制の強化が不可欠で、その中核としてFP&Aが求められています。
戦略という「ポエム」と経理財務の「算数」を接合する翻訳家
栗原:鷲巣さんは、日本企業では経営企画部門は戦略を語る「定性的なポエム」に、経理財務部門は数字を合わせるだけの「算数的な帳尻合わせ」に陥りがちであると述べられています。さらにFP&Aがその課題を解決すると指摘もされていますが、では特に果たすべき具体的な役割とは何でしょうか。
鷲巣:FP&Aは、事業の言葉と経理財務の言葉という、乖離(かいり)しがちな二つの言語を同じ目線で合わせる翻訳家としての役割を担います。
たとえば、「顧客にとって唯一無二の存在になる」という定性的な戦略の言葉を、財務的な言葉で「ARPU(顧客一人当たりの平均売上)の向上」「チャーンレート(顧客解約率)の低下」といった具体的な指標に落とし込みます。そして、それが最終的に企業のフリーキャッシュフロー(企業が自由に使える現金)に接続され、株主価値にどう影響するかという道筋を、一本の線で描くのです。
戦略ストーリーが「ポエム」で終わらず、具体的な構造化と定量化を通して、どの施策がどれだけのインパクトを生み出すのかを測定可能にすることが、この翻訳機能の本質です。
