「行為論」に偏るリーダーシップ論の罠
──山口さんの来年刊行予定の書籍のテーマが「コンテクスト(文脈)」だと伺いました。実は先日の布川さんと入山章栄さんの対談でも「AIに、“欠如したコンテクスト”をいかに補完するか」というテーマが話題になりました。
山口周氏(以下、山口):来年、「コンテクスト・リーダーシップ」をテーマにした書籍を出版する予定です。世の中には「リーダーはこうあるべき」という本がたくさんありますよね。「ビジョンを示すべきだ」とか「部下に仕事を任せるべきだ」とか。
こうしたリーダーシップ論に以前から疑問を感じていたのは、「行為論」にとどまっていることです。たとえば、「仕事を任せる」と「仕事を丸投げする」はどう違うのか。両者は、行為そのものは同じはずなのに、部下側の印象は大きく異なります。つまり、同じ行為でも前後の文脈によっては意味が真逆になるわけです。
1993年、経営危機に陥ったIBMの再建を託されたルイス・ガースナーは「今、IBMに必要なのは、ビジョンなどではない。実行である」と言い切りました。当時、2兆円規模の巨額な損失を抱えたIBMのコンテクストでは、ビジョンより出血を止めることのほうが最優先でした。これは「ビジョンを示すべき」という世の中の良きリーダー像には反していますが、私はこれこそプロ経営者の姿だと思います。コンテクストを抜きにリーダーシップは成り立たない。
この問題はAIにも関係していて、AIはその時点で収集できるデータを統計的に処理して回答を出力するので、前後のコンテクストを捨象してしまいます。実際に、AIは「これをやるのは良いことだ」という行為論を並べがちです。しかし、コンテクスト次第で行為の意味が全く変わってしまうことを考えると、こと経営においてAIがどれほど有効なのかは未知数だと思います。
1970年東京都生まれ。 慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。 『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『人生の経営戦略』『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(日経ビジネス人文庫)など。神奈川県葉山町に在住。
経営における「文脈」をAIにどう学習させるべきか
布川友也氏(以下、布川):非常に共感します。JAL再建時の稲盛和夫さんが、経営会議で出されたお弁当の値段を周囲の経営陣に尋ねたというエピソードがありますよね。私はこの話が非常に好きなのです。しかし、経営再建中というコンテクストだから、このエピソードは素晴らしいのかもしれません。業績がぐんぐん伸びているなかで、経営者がお弁当の値段を気にしていたら部下は「なんてケチな人だ」と思うでしょうから(笑)。
なので、経営とコンテクストは切っても切り離せないと思っています。たとえば、予算を策定するには、自社がどの程度の業績を目指して、どの事業部にどの程度の成果を期待するかといった意思決定が必要で、そのためにはデータ化されていない膨大なコンテクストを踏まえなくてはいけません。
先日、ログラスは「Loglass AI Agents for Corporate Finance(略称、Loglass AI Agents)」という戦略構想を発表し、AIによる経営の支援を目指しています。

