プロンプトの工夫では超えられない「文脈」の壁
成果を出せない95%の壁を突破する鍵として、辻氏が提唱したのが「コンテキストエンジニアリング」への移行である。これは、AIに対し、参照すべきドキュメントや使用ツール、履歴などの「文脈(コンテキスト)」をシステムとして構築・設計する技術だ。
辻氏は、「プロンプトエンジニアリングから、仕組みの構築(Context Engineering)にシフトする必要がある」と説く。一貫性のある業務遂行には、AI任せにするのではなく、ドメイン知識やメモリファイルを適切に与え、AIが動くための環境を人間が緻密に設計する必要があるのだ。
さらに、日本企業特有の阻害要因として「レガシーシステム」の問題が挙げられた。AIエージェントが情報を取りに行こうとしても、API連携もままならない。結局、AIが出した回答を人間が確認する必要が生じ、生産性が上がらない。
しかし、デジタルの世界で足踏みをしている間に、世界の技術投資は「フィジカル(物理空間)」へと向かっている。
辻氏は2026年の展望として「フィジカルAI」というキーワードを提示した。Google DeepMindの「Genie 3」のような世界モデルや、Metaの「DINO v3」といった高度なマルチモーダル解析技術が登場している。これらは現実世界をシミュレーションし、物体の意味や深度を即座に理解する。既に自律型バスケットボールロボットや、パーク内を移動するキャラクターロボットなどの応用が始まっている。
BrainPad AAAでも、現場作業の映像をAIが解析し、熟練工と新人の差を可視化・マニュアル化するサービス「COROKO(コロコ)」を2025年10月より提供開始した。AIは画面の中から飛び出し、現実世界の労働力不足を補うフェーズに入ろうとしているのだ。
「企業の俊敏性」世界最下位という日本の危機
技術がデジタルからフィジカルへと進化する一方で、足元の日本企業のDXは深刻な状況にある。バトンを受けたブレインパッド 上席執行役員の鵜飼武志氏は、会場に対し「技術の話から離れ、生々しい話をします」と切り出した。
鵜飼氏は、日本企業の現状を示す衝撃的なデータを提示した。DXに取り組む日本企業は約8割に上る一方で、ビッグデータ分析の活用ランキングでは世界69ヵ国中67位。さらに深刻なのが、「企業の俊敏性(Agility)」の指標で日本が69位(最下位)だったことだ。
「日本はDXが進んでいるように見えて、実態としては活用に至っていません。ツールは入れても、それが定着せず、使われていないのです」(ブレインパッド・鵜飼武志氏)
クライアント企業から寄せられる悩みも、「DX組織を作ったが具体的に何をするかわからない」「一部の社員しかAIを使っていない」といった内容が大半を占める。鵜飼氏は、「何でもやっていいという状態は逆に人を迷わせる」と分析する。AIのような万能ツールを与えられても、明確な目的と文化がなければ、人間は現状維持バイアス(慣性)によって元のやり方に戻ってしまうのだ。
世界最下位の俊敏性から脱却するには、高性能なAIを導入するだけでは不可能だ。鵜飼氏は、「向き合うべきコアは、使う“人”のリテラシーと体験価値、そしてスポンサーシップにある」と断言する。
では、具体的にどうすれば「使われないAI」を「息をするように使う」組織へと変貌させることができるのか。鵜飼氏は、ブレインパッド自身が実践し、多くの企業から渇望されてきたノウハウを体系化した新サービスの発表へと話をつなげた。
