安くて手軽なIoTテクノロジーによって起きる“民主化”
『UXの時代』の第2章は、産業の地殻変動について語った第1章から一転して、「Raspberry(ラズベリーパイ)」という安価で手軽なデバイスから話を始めているが、これはこうしたデバイスが、IoTテクノロジーを象徴していると考えたからだ。
垂直型から水平型への産業構造の移行は、あらゆるものがネットワークでつながるIoTによって初めて実現できる。そこで活用されるテクノロジーは、一般の人たちとは別世界にあるものでも大企業や研究機関の独占物でもなく、誰でも手軽に利用できるものだ。だからこそあらゆるものにセンサーデバイスや通信デバイスがつけられ、ネットワークでつなぐことができる。
それらはコンピュータの性能の指数関数的な高度化など、テクノロジーの進化から生まれたものだが、重要なのは高度化したテクノロジーの産物が、コストを気にしなくてもいいくらい安くなり、いつでも気軽に手に入れることができるくらい大量に出回るようになったことだ。
ネット通販ではラズベリーパイに代表される超小型で格安のコンピュータや、様々な用途に使えるセンサーデバイスが数千円で販売されている。個人ユーザーがDIY感覚でそれらを組み合わせ、スマートフォンなどの端末と接続して、留守中のペットの見守りやエサやり、観葉植物の水やり、部屋の温度管理、ガス漏れや火災の監視など活用している。この個人レベルまで広がるということが、IoTにとっても、ユーザー参加型の水平型ビジネスモデルを実現するためにも、非常に重要なのだ。
デバイスだけではない。SORACOM(ソラコム)というIoTに特化した通信サービスや、AWSのように膨大なデータの保存・管理ができるクラウドサービスなど、低価格で使い勝手のいいサービスによって、企業の規模に関わらず、誰でも手軽にIoTネットワークを構築し、他のネットワークと水平につなぐことができる環境が整ってきた。
AIも大手IT企業の研究所や研究機関だけで研究開発しているテクノロジーではなく、手軽に活用できる環境が整いつつある。たとえばGoogleは開発したAIをTensorFlow(テンソルフロー)という使い勝手のいいライブラリ(汎用プログラムのセット)のかたちで公開していて、ユーザーはインターネットを通じて活用することができる。
デバイス、通信、データ、アプリケーション、AIなど、IoTに不可欠なテクノロジーについては第4章で包括的に紹介しているが、IoTテクノロジーで大切なのは、すべての要素がきわめて安く、手軽に利用できるということだ。ICTの調査会社やメーカー、国の機関などが2020年のIoTデバイスの数を、300億個〜500億と予想しているが、こうした膨大なデバイスがネットワークで結ばれれば、ビジネスのトランザクションは爆発的に増加する。これを可能にするのは、きわめて高度でありながら、活用のために必要なコストやスキルが気にならないくらい手軽で日常的なテクノロジーなのだ。