多くの保険会社は、パーソナライズされたサービスの自動化、請求処理の高速化や、1人ひとりのリスクに基づく査定によって顧客体験を高めるべく、保険代理店や営業職員、従業員の能力向上にむけて、AIへの投資を進めている。一方で、データ品質やプライバシー保護、既存IT基盤との互換性といった課題も浮かび上がり、多くの保険会社が既存技術とAIの統合に苦慮していることも明らかになった。
「テクノロジーを“ひと”のために」をテーマとする本レポートは、テクノロジー分野の有識者や業界の専門家へのインタビュー、および世界31か国550人を超える保険業界の経営幹部を対象とした調査に基づいて作成されている。なお、この中には、31名の国内保険会社の経営層およびIT部門責任者が含まれている。
本レポートによると、保険会社の経営幹部の75%(日本では67%)が、AIにより今後3年間で保険業界全体が大きく変わる、もしくは完全に変容するだろうと考えている。AIにより今後3年間で自社が「完全に変容する」と考える経営幹部は32%(日本では35%)を占めており、「大きく変わる」との回答も39%(日本では23%)に上った。
アクセンチュア 金融サービス本部 保険グループ統括 マネジング・ディレクターの林岳郎氏は、次のように述べている。
「AIやロボットは、従来はバックオフィスの業務支援や効率化、あるいはコスト削減を目的に活用されていましたが、最近では顧客対応の領域にまでその活用の幅を広げています。一方で日本においては労働時間の削減が即人件費の削減にはつながりにくいという雇用環境もあり、AI導入に期待する効果として「顧客エンゲージメントの向上」は58%に上り、グローバルの48%を大きく上回るものでした。そして、顧客とのコミュニケーションをデザインする上では、「AIが“ひと”の業務を代替する」のではなく、「顧客対応を最適化するためにAIと“ひと”がコラボレーションする」という発想が必要となってくるでしょう」。
本レポートでは、販売・サービス方法の強化、請求処理の高速化の促進、1人ひとりのリスクに基づく正確な査定業務を可能にするAI技術によって、顧客体験の向上にむけた新たな機会が保険代理店、営業職員、そして保険会社の従業員にもたらされると指摘している。
調査対象となった経営幹部の79%(日本では74%)が、保険会社の情報収集と顧客とのコミュニケーションの方法は、AIによって大きく変わると考えている。また、ユーザーインターフェースにAIを組み込むメリットを問う質問では、55%(日本では48%)の回答者が「データ分析の改善と顧客理解の強化」を挙げている。業界におけるAI導入の拡大を裏付けるデータとして、68%(日本では61%)の回答者が、顧客とのコミュニケーション向上にむけて、AIなどを使ったインテリジェント・バーチャル・アシスタントを全社もしくは特定の事業分野で現在使用していると回答している。
林岳郎氏は次のように述べている。「多くの保険会社は、AIがデジタル化された社会での成功のカギを握っていると認識しています。しかし、AIの導入で成功が約束される訳ではありません。AI技術は日々進化しており、保険会社は単にデータ品質やプライバシー保護の問題に対処するだけでなく、既存のIT基盤をAIの機能や技術と互換性のある基盤へと進化させる必要があるでしょう。人間味のあるAIで人材強化を図り、さらにその機能を効果的に統合させた保険会社のみ、顧客エンゲージメントの深化、ブランド・ロイヤルティの強化、より持続可能な利益が促進され、AI活用の恩恵を得ることとなるでしょう」。
AIは、本レポート「テクノロジーを“ひと”のために」で紹介している、保険業界を特徴づける5つの主要トレンドの1つです。トレンドにはこの「AIは新しいユーザーインターフェース」のほかに、以下の4つのテーマがある。
・無限の可能性を持つエコシステム
保険会社は、新しいデジタル・エコシステムの中でより重要な役割を築きつつある。より広範なエコシステムの構築を進めることで、直接的な顧客関係を補完し、戦略的成長の次の波を生み出している。調査対象となった経営幹部の94%が、プラットフォームを軸にしたビジネスモデルの導入は、自社にとって「非常に重要である」と答えている。また、選択するパートナーとエコシステムの持つ力が競争上の優位性に影響を与えるとの回答も76%を占めていた。
また、日本に見られた傾向としては、エコシステムに期待するものとして、「商品やサービス開発時の俊敏さ」や「新たな顧客基盤へのアクセス」「顧客満足度の向上」といった、より具体的な期待効果を挙げた割合が、グローバルに比べて低くとどまった。エコシステムへの漠然とした期待感を持ちながらも、積極的な取り組みを開始できていない現状が伺える。
・人材のマーケットプレイス
オンデマンドで利用できる人材プラットフォームやオンラインの業務管理ソリューションが進化を遂げる中、ワークプレイスと従来の企業構造が大きく変容し、オープンな人材市場が台頭しようとしている。回答者の79%は、イノベーションを労働力や組織構造にまで拡張すべきという極度の競争圧力にさらされていると答えている。
世界的な潮流としては、契約社員や外注だけでなく、フリーランサー等も活用したクラウドソース型へと進化している。実際、回答者の54%が、来年中にクラウドソース型人材を25%~100%程度増員する予定であると答えており、2倍以上の増員を計画しているとの回答も9%あった。日本においても、保険会社幹部の55%が、こうしたクラウドソース型人材の登用を1年以内に拡大する意向を示している。
・“ひと”のためのデザイン
テクノロジーによって、人と機械の効果的な協同を阻むギャップは埋まりつつある。顧客や従業員との自然で温かみのあるコミュニケーションを可能にする技術とインターフェースの活用により、保険会社はイノベーションの推進にむけて、単なるパーソナライゼーションを超えて、顧客をより深く理解し、顧客の行動と目的を支援するリアルタイムのサービスとリスク管理のソリューションを提供することが可能になる。74%の日本の保険会社幹部も「顧客のニーズを喚起し、顧客体験をデザインできる企業が、業界をリードする」と回答している。
・未踏の領域へ
ブロックチェーンなどといった先進技術によって、長年にわたって業界を悩ませてきた課題(ガバナンスや説明責任、デジタルにおける信頼性など)が解消される可能性がある。84%の回答者が、今後3年間でブロックチェーンとスマートコントラクトが、自社にとって非常に重要になる、もしくはある程度重要になると考えている。
林岳郎氏は、次のようにも述べている。「日本の保険会社幹部の65%が「業界の規制がイノベーションの発展に追いついていない」と感じています。実際、日本政府も金融に関する規制の緩和に動き始めています。こうした状況の中、保険会社はこれまで以上に新しい事業領域でのルール作りに積極的に寄与していくことが必要です。実際に「ビジネスの主導権を握るために企業コンソーシアムの形成を既に開始している」と回答した日本の保険会社幹部は6割を超え、グローバル平均の4割を上回っています。一方、異業種間の連携によるエコシステムは、従来の市場環境に比べ、極めて多様化・流動化しているため、標準策定ルールの在り方にも新たな視点が必要になってきます。新しいビジネス領域といっても、例えば、成果連動型の保険商品などについては、従来型の規制に基づくルール化が適しているでしょう。しかしながら、従来の業界の定義を超えるようなスマートコントラクト(ブロックチェーン)の領域などについては、関係する業界やテクノロジーの専門家を含むコンソーシアム形式での対応が必要となるかもしれません」。