レガシーシステムはミッション達成の足かせだった
多岐に亘る外食ブランドを国内外に展開するトリドールホールディングス。その成長戦略の根幹には「予測不能な進化を遂げるグローバルフードカンパニーへの変革」という明確なビジョンが存在する。
同社CIOの磯村氏は、2019年9月の着任当時のIT環境を振り返り「グローバルフードカンパニーを目指せる状態ではなかった」と述懐。事業成長のスピードと、それを支えるべきIT機能との間に、大きな乖離が生じていたのである。特に、将来的なグローバル展開と多角化を考慮すると、自社でシステムを構築・保有する従来のアーキテクチャでは、変化の激しい市場環境に迅速に対応することは不可能に近かった。
この状況は、多くの企業が直面する共通の課題と言えるだろう。レガシーシステムは技術的な負債を形成するだけでなく、経営リソースを固定化し、本来は価値創造に注ぐべきエネルギーを保守・維持に浪費させる。トリドールホールディングスにとってこの課題を解決することは、単なるIT部門の効率化ではなく「食の感動を世界に届ける」というミッションを達成するための経営戦略の一部となった。
磯村氏を中心とするDX推進チームは、成長の足かせとなるレガシーシステムを根本的に廃止し、次世代の成長戦略を支えるデジタル活用基盤を再構築するという、大胆な変革に着手することとなる。この取り組みは、単なるシステムの刷新に留まらない。企業の根幹にある「ハピカン経営(従業員のハピネスとお客様の感動)」を実現するための手段として位置づけられたのである。
人に依存する仕事を無理にデジタル化しない
トリドールホールディングスのDX戦略は、まず、経営におけるDXの役割を明確に定義するところから始まった。磯村氏が強調するのは、DXを単なるIT部門の計画に終わらせず、取締役会や経営会議の基幹決定を経て推進する「経営リソースを生かす戦略」として位置づける必要性である。
この戦略の前提には、同社独自の価値創造モデルと、そこから導かれた二つの重要な仮説が存在する。一つめの仮説は、企業の原動力である「ハピネスを支える基盤」と「感動体験を支える基盤」を構築すること。そして二つめの仮説は、業務の特性に応じて、人間が担うべき領域と、デジタルが担うべき領域を明確に線引きすることである。
同社の経営理念は「本能が喜ぶ食の感動体験を探求し、世界中をワクワクさせ続ける」というミッションに集約される。この「食の感動体験」の創出は、あくまでも店舗の従業員という「人」に依存する領域であると定義された。実際、丸亀製麺ではセントラルキッチン方式を採用せず、店舗で粉からうどんを作っている。あえて手間にこだわる姿勢こそが同社の強みなのだ。
「価値を創造するため、人に依存した食の感動体験にこだわっています。お客様に感動体験を創出するのはあくまでも人に依存する範囲。ここはデジタルの力を使わない領域と定めています」(磯村氏)
しかし一方で、店舗運営や本社業務におけるマネジメント業務は、直接的な感動体験の提供に関わらない「ノンコア業務」と見なされる。ここに二つ目の仮説が適用される。つまり「マネジメント業務はデジタルあるいは外部の力を使って合理化・省力化をしていこう」という方針である。
同社はDXの対象範囲を「店舗マネジメント」と「本社業務」に限定することで、ヒト・モノ・カネ・情報の流れを最適化し、本質的な価値創造にリソースを集中投下する道を定めた。
