第一人者が語る、AI時代におけるCXの変化
「本日、皆さんに最もお伝えしたいのは、CXにおける“情緒的価値”の重要性です。昨今、AIの普及により、この情緒的価値の表現の幅が爆発的に広がっていることをご存知でしょうか。今回は、一般的なアプリの約10倍ものコアユーザーを生み出したある企業のLINEミニアプリの事例を基に、AI時代におけるCXのあり方をご紹介します」(竹村氏)
セッションの冒頭、株式会社オプトでCX開発領域 上級執行役員:SVPを務める竹村義輝氏はそう切り出した。いわゆる「ガラケー」時代から約20年にわたりモバイルサイトやモバイルアプリ構築に携わってきた、まさにCX開発の第一人者だ。
もう一人の登壇者は、同じくCXのスペシャリストであるLINEヤフー株式会社の谷口友彦氏。2014年にLINE株式会社(当時)に入社後、「LINE TAXI」やLINE公式アカウントのMessaging APIなど、数々の新規事業やプロダクトを立ち上げてきた実績を持つ。
そうした数々の実績を有する谷口氏が、現在、グロースを手がけているのが「LINEミニアプリ」だ。
「LINEミニアプリは、LINE上で利用できるアプリサービスです。ユーザーはアプリを新たにインストールする必要がなく、LINEアカウントがあればすぐにお手軽に使い始められます。2020年の提供開始から右肩上がりで成長し、2025年8月時点でサービス数は25,000以上、MAU(月間アクティブユーザー)は1,700万人に達しています」(谷口氏)
LINEミニアプリでは、ナショナルブランドをはじめ、数々の企業が公式アプリを提供している。メーカー、小売、飲食、美容、スポーツ、エンタメ、ホテル、交通など、業種業態も多岐にわたる。各社が会員証やクーポンなどを提供し、ユーザーとの関係構築にLINEミニアプリを活用している。
その成功事例として今回紹介されたのが、人気ラーメン店「桂花ラーメン」を運営する桂花拉麺株式会社だ。両氏は、同社のLINEミニアプリにこそ、AI時代のCX開発のヒントが隠されていると語る。
AIが可能にした「情緒的表現」の広がり
今年で創業70周年を迎える桂花拉麺。全国16店舗を展開し、豚骨と鶏ガラを合わせた白湯(パイタン)スープにマー油が香る「桂花ラーメン」は、長年ファンに愛され続けている。
「桂花拉麺は昭和30年創業の老舗であり、創業当時と変わらない味を守り続けながら、ファンに愛され続ける情緒豊かな世界観を持つブランドです。これは、LINEミニアプリで公式アプリを展開するうえで、非常に大きな強みになります」(竹村氏)
その世界観を象徴するのが、公式キャラクターの「ケイカボーイ」だ。竹村氏が率いるオプトは、このケイカボーイにAIを組み合わせることで、ユーザーの愛着を育むユニークなLINEミニアプリを開発した。
特徴的な機能が「ケイカボーイからの声がけ」だ。アプリを立ち上げるとケイカボーイが登場し、桂花拉麺発祥の地である熊本の方言で「昼もバタバタばい、ラーメンで元気ば補充!」「午後も元気に頑張れると?」といったささやかなメッセージを届けてくれる。
これらのメッセージは時間帯や季節に合わせて最適化されており、ユーザーにさりげなく寄り添うことで愛着を喚起する。単なるツールではない、情緒的な価値を提供することで、“粘着性”の高いCXを実現しているのだ。
しかし、この仕組みの実現には大きな壁があった。運用コストだ。多様なメッセージを、ブランドの世界観を保ちながら熊本弁で大量に用意するのは、人の手では膨大な工数がかかる。「従来、こうしたアプリの展開は非現実的でした」と竹村氏は振り返る。この障壁を突破したのが、AIの活用だった。
「コンセプトや熊本弁のニュアンス、キャラクターの性格、時間帯といった複数のコンテキストをプロンプトとしてAIに学習させ、精度の高いメッセージ候補を瞬時に大量生成できるようにしました。現在表示されているメッセージはAIが生成したものです。(竹村氏)
ユーザーの状況に寄り添う温かい表現は多くのファンの心を掴み、SNSでも度々拡散されているという。竹村氏は「長年の開発経験のなかでも、これほどユーザーの心を捉えたアプリは珍しい」と確かな手応えを語った。

